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カテゴリ:話の小部屋( 58 )

しとしとぴっちゃんしとぴっちゃん♪

このタイトル。懐かしさとともに
「子連れ狼かあ。」とつぶやけるあなたや
「大五郎三分間待つのだぞ」のCMのシーンがすぐ浮かんで
ボンカレーが無性に食べたくなっちゃうあなた。
当時小学生なら、私より下、大学生以上なら私より上の世代。

でも今回そんなお話をしたいのではない。
なのにこんな、わき道から入り込むような反則技を
ぶちこみたくなっちゃうのが、marucoxの哀しい性である。



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「雨」と言うと、なにかネガティブな印象を抱いてしまいがちだが
映像や音楽といったアートの世界では、マイナーな材料にばかりに
使われているわけではない。

代表的なのは「雨に歌えば」のジーン・ケリーの底抜けの明るさだが、
私には、「ショーシャンクの空に」の主人公、
ティム・ロス扮する元銀行員アンディが、雨を全身に浴びて
自由を獲得した喜びに満ち溢れるあのシーンが、美しく感動的で忘れられない。



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日常においても、
雨に降られちゃった・・・・・
そんな経験、それ自体は誰の身にも珍しくないことだ。

ちょっと甘酸っぱい思い出
哀しく胸が切なく痛む思い出
笑わずにはいられない愉快極まる思い出・・・・・・

さてあなたの心に刻まれた『しとしとぴっちゃん』は
どんなだろう。



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私は土砂降りの中、雨に濡れながらベビーカーを押し
家までの数分、多分3・4分ぐらいだっただろうか
・・・・歩いたことがある。
それは突然の予期せぬ雨だった。
晴れ渡っていた空が、にわかにかき曇り、
ポツンポツンと大粒の水滴が落ちてきたかと思うと
バラバラと音をたてて、激しい雨が私達に襲いかかった。
舗装されていない田舎道とはいえ、雨宿りできる民家の軒先は
探せばあったのかもしれないが、家までもう少しだからと
ベビーカーに覆いをして歩き続けた私。

目もまともに開けられない中、ややうつむき加減で歩く私の横を
水しぶきを上げて、車が何台か通り過ぎていく。
しばらくして見覚えのある一台が前から走ってきたので
思わず顔を上げた私は、ドライバーとふと目があった。
その車を運転していたのは、同じ年頃の子を持つ近所のお母さん仲間だった。
一瞬だったが、確かにこちらを一瞥したことを今も覚えている。
そしてその車も走り去って行った。

私だとはわからなかったのだろう。それに・・・・
びしょぬれの人間とベビーカーを、大雨の中
道の真ん中で乗せたりするわけにはいかないよね

そう心の中で呟きながら、
私は、あともう少しと自分を励まして歩き続けた。
ただ、体より心が冷え込んで行くのを感じずにはいられなかったが。

家に着くと、申し合わせたように雨は止んだ。
その後どうしたのか、全く記憶はない。ということは
多分普通に着替えもし、赤ん坊だった長男も熱も出さずに済んだのだろう。

けれど玄関のかぎを開けるときに聞こえた
ぴたん、ぽとん、しとぴっちゃん
そんなふうに雨のしずくが落ちる音が
私の周りでやけに大きく耳に響いていた
そんな事だけはなぜか覚えているのだった。

さて、湿っぽい話のお口直しに
サイコーに幸せな気分になる『土砂降りシーン』を。
長いので、お時間ある方は最初から
お時間のない方もテキトーにはしょってご覧あれ♪













by marucox0326 | 2019-06-19 20:00 | 話の小部屋 | Comments(1)

六月の棘

六月に入った。

ふと思い出して、レイ・ブラッドベリの「タンポポのお酒」を再読した。
あれはたしか、始まったばかりの夏の数か月の物語だったはずだから。

頁をめくると12歳のダグラス・スポールディングが
今まさに目覚めようとしているところだった。
そして1928年の6月の香しいひと夏の扉が開き、
私を手招きしていた。




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ブラッドベリの著作との出会いは大学に入ったばかりの10代の終わり。
初めて読んだ彼の小説がこの「たんぽぽのお酒」だった。

相変わらず日本の文豪とよばれる作家のものより
翻訳小説が好きで、米文学にも親しみだし始めていたころ。
E・コールドウェルの「タバコロード」に感動し
サローヤンやサキが大好きで、同時にハヤカワミステリーもいくつか
ウィリアム・アイリッシュなどはいっとき嵌って立て続けに読んだものだった。
そしてこの小説も、タイトルに惹かれて手にしたのだ。

ただタイトルから受ける印象ほど彼の小説は甘くなく
読破するには半端ない時間を要した。
何故なら、「サイエンスファンタジーの詩人」と呼ばれる彼の文章は
登場する物や人、事象の記述が、いちいち凝った形容や直喩で綴られていて
しかも翻訳の持つ表現の一種の癖(この感覚は嫌いではないのだが)も相まって
外国文学を好んで読んでいた私をも少々手こずらせ、
読書の楽しきに到達するのは簡単ではなかった記憶がある。

頁を行き来して何度か読み返し、やがて内容を、情景を、
登場人物たちから発せられる言葉以上の意味を、私なりの想像力で膨らませて
脳内のキャンバスに、なんとか描けるようになったとき、
物語は色づき始め、頁を繰る指さえも、もどかしさから解放されていったのだった。

ただ、この物語で描かれる夢とうつつを行き来しているかのような
いくつかのエピソードは、12歳の少年の目に老いと死をもって
生きることの実感を強く認識させていく。
それは読み手である私にも、ほんの小さな棘がチクチクと肌を刺すように
美しくも残酷な余韻を心に残して。




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なかでも、二人の老婦人の話は特に味わい深い。

そのひとり、72歳のベントレー夫人と少女たちのやりとりのくだり。

ベントレー夫人に、容赦ない言葉を浴びせる少女たちの辛辣さは
子供とはいえ、すでに無垢の仮面をかぶった「女」である。
初めて読んだとき、少女たちの態度にある種の痛快さを覚えながらも
その不遜さにも反発してしまうという、相反する感情に戸惑い
そしてベントレー夫人には、哀れと滑稽を感じた若き日の私。



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「少女たちは正しいのだよ」

少女らが帰った後
一人残された彼女に、そう亡き夫が語りかける。

「(略)おまえは日付でも、インクでも、紙でもないんだよ。(中略)
 お前はただ、ここにいる。おまえー現在のおまえであるだけさ。」
 
初めは少女たちの言動に打ちしおれていたベントレー夫人だったが、
翌朝、彼女の美しい思い出の品をいただこうと再びやってきた少女たちにこう言う。

「略)なんでもあなたたちのものよ。」

残ったトランクの中の物を処分し、わずかに残された夏を
少女たちと老婦人は彼女の家の玄関ポーチに座って
チョコレートキャンディを食べておしゃべりをして過ごす。

再読して、このくだりにやっぱり立ちどまった。
でも前述したような感情は抱かなかった。
もう若くはない今の私はむしろ、彼女に喝采とエールを送りたい思いだった。

「少女たちは正しいのだよ」

私にもあった、今よりずっと綺麗で輝いていたあの日たち。
それらを、心の鍵を開けて追い出すことは私には到底できない。
でもそれにまつわる品物たちに執着するのは
そろそろ止めるときが近づいているのかもしれない。

ベントレー夫人が美しい髪飾りを、指輪を
少女たちにあげてしまっても
バラ色の頬で微笑んでいる自分の少女の頃の写真を葬りさっても
彼女は老境の自分自身を鮮やかに生きていける。
だから今は、その言葉に半分は同意してもいい気がしている。

ああただし、ベントレー夫人より10歳近く若い私が
同意できるのはあくまで半分だ。

なぜって私には、もう少しジタバタする時間が残されているはずだから。




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さらにもっと好きなエピソードは、もう一人の老婦人、95歳のヘレン・ルーミスと
若き記者、ウィリアム・フォレスターの短い夏の出会いと別れだ。

彼女との会瀬の中で、その老いてこそ身に着いたエレガンスと深い造詣に
大いに魅せられる若きウィリアムと、教え諭す中で時折、昔日の想い出を
自嘲の苦笑いを交え話す、ミス・ヘレン・ルーミス。

きっとその間、彼女は紛れない今を生きている実感に
慄き、そして喜びに震えていたに違いない。
そしてそんなどこか時空を超えた、彼らが交わす洒脱な会話の中にも
垣間見えるやがて来る死の影、
ウィリアムは、かつての美しい横顔を
深く年輪の刻まれた彼女の面差しに見ようとして、
彼女を涙ぐませてしまったりもする。
そして彼女は言う。

「年をとりすぎるまで生きないと約束して欲しいのよ、ウィリアム」

やがて幾人かの死人が出た夏は終わり、永久に去っていく。
地下室に並べられた、たんぽぽのお酒の瓶の一つ一つに書かれた数字だけが
あの夏の確かな日々の証となって。




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パタンと閉じた本の背表紙を見つめ、
そして顔を上げれば、窓外には夕闇が忍び寄ってきている。

物語の中の夏が、ゆるゆると遠ざかっていくのを見送って
さあ、現実世界に戻るとしよう。






































by marucox0326 | 2019-06-04 09:56 | 話の小部屋 | Comments(8)

元の木阿弥・・・・・。

昨夜の「ブラタモリ」大阪だというので楽しみにしていた。
道頓堀周辺を歩くタモリ氏。
意外にも仕事以外でこの街を訪れるのは初めてだという。

私はといえば、よく知っているなつかしいはずの映像なのに
どの場所も随分変わってしまって、なんだか知らない街みたいで切なかった。



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さて・・・・・

ある平日の昼下がり、某所某デパートのキッチン売り場に私はいた。
地下で進物用のお菓子を買った後、せっかく来たのだからと
特に買うべきものもなかったが、いろいろ見て回った末に
キッチン・インテリア用品を置く階にも寄ったのだった。
台所用品や食器を見るのは楽しい。

なんとはなしにコーヒーメーカーを眺めていると
突然「お客様、靴紐が・・・・・・」という声がして、
一人の女性店員の方がツカツカと近づき
やおら私の前に膝まづいたかと思うと
ほどけかけた靴紐をほどき結びなおし始めた。

「あ、ああ、あのそんな、自分でやりますから」と
慌てふためく私のことなど意に介さず
「いえいえお気になさらず」とか何とか言いながら。

その日私は、ジーンズに牛革の白いレースアップシューズを履いていた。
細い革製の紐は、スニーカーよりほどけやすいのは確かだが
脱ぎ着がしやすいため、いつもやや緩めに結んでいるのだ。

でも彼女・・・・スレンダーボディに黒縁の眼鏡をかけた
いかにも几帳面そうなその女性店員の方には
それは許せない履き方だったに違いない。



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「リボンを結ぶ時もこのように二重になさると、さらにほどけにくいですから」
「はあ、なるほど・・・・あ・いやあのホントにスミマセン。」
なんで謝っているのか自分でもよくわからないが、
とにかくこちらは固まった姿勢でつったったままそういうしかない。
彼女のほうは膝まづいた姿勢のまま、私の足元に顔を落とし
一心に「靴紐結びの儀」を執り行っている。
やがて彼女は、丁寧に右足をやり終えるとさらに左足に取り掛かり始めた。

ああ~なんと時間の経過の遅いこと。
この時ほど、足が二本ある事を恨みがましく思ったことはない。
なにせ、眼前で膝まづかれたことなどプロポーズの時以来だ。
ウソですよ~~~~~~~。ココ、突っ込むとこ違いマッセ~~~~~

私は漫然と彼女の頭部を見つめるしかなく
つま先がつりそうになりかけたころ
ようやく左足も結び終え、彼女は立ち上がった。

私はぺこりと頭を下げてお礼を述べ、何も買わずにその場を後にした。
あとから、コーヒー豆の紙フィルターぐらい買うべきだったかとも思ったが
その時は、その場から解放されたいばかりだったのだ。

しかしおかげでその帰り道、靴紐は一瞬たりとも緩まずほどけず
私の足の甲には、きゅっと絞られたような感覚が終始付きまとった。




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帰宅後、玄関でいつものように靴をそのまま脱ごうとした私だったが
もちろん、しっかりとした靴紐の結び目がそれを許して呉れようもなく、
私は框によっこらしょっと腰かけて、靴紐をほどかざるを得なかった。

それから数日が経過した今、
靴紐がほろりと緩んだ白いレースアップシューズが
玄関に置かれている。

何故って今日も履いて出かけたのだもの。



































by marucox0326 | 2019-05-19 18:30 | 話の小部屋 | Comments(10)

大岡山の担担麺

先日「わたし、定時で帰ります」という民放のドラマを
何とはなしに見ていたら、最後にヒロイン吉高由里子と
その彼氏役の中丸雄一が、東急「大岡山」駅で待ち合わせる場面が写った。

この駅の真ん前に長男が通った大学がある。
何だか懐かしくて、思わず目を凝らしたが、
ただ駅の名前が写っただけですぐに場面は切り替わった。


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当時、目黒区内の・・・・といっても
商店街のある下町の古い小さなビルの一室に下宿していた長男。

彼は友達にどんなとこに住んでるの?と聞かれると
「刑事ドラマでサ、『いるのはわかってんだ!!開けろっ!!』って
怒鳴りながら、ガガガガンってデカがドア叩くようなとこ」
と応えていたらしい。



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地方から出てきたピッカピカの大学一年生は
愛車である中古の自転車を駆って、通学もコンパも買い物も
そして遊びにもどこへでも行った。見るもの聞くもの何もかもが刺激的で
都会育ちの同級生さえ眩しく見え、夢のように過ぎた数か月後
田舎の素朴な青年であった彼は、仕送りだけでは到底事足りないことに気づく。
家庭教師・・・・なんていう地方青年にふさわしい授業の合間の仕事も
少しはやったものの、いつしか昼夜を問わず、飲食店でのアルバイトに精を出す毎日。
彼にとって額に汗して働けば働いただけ、その対価として報酬を得るという行為は
初めての経験だったが、それは頭脳労働よりも彼の性分に合っていたし
なによりも、その職場で出会う人たち、接客の仕方や厨房のなかの決まり事など
すべてが目新しくエキサイティングに満ちていて、
それらはたちまちにして彼を魅了したのだった。
すっかり労働の歓びに目覚めたこのヒト、大学のサークルにだけは熱心に顔を出すものの
学生の本分である勉学の方は、当然のことながらすっかりおざなりに。。。。

そしてまた、彼は愚直な世間知らずでもあったので
大都会東京のまさに生き馬の目を抜く社会のただなかに
自ら望んで飛び込んで行ったものの、少々怖い目にも
とてつもなく心細い目にもかっこ悪い目にも何度か遭ったようだ。
が、親の私はいまだ詳しくは知らない。
しかし多分、それらを追求し微細に至るまで白日の下にさらすことは
しない方がきっとお互いのためだ。
何故って子供だからといって、いや子供だからこそ
親には永遠に話したくない事柄の一つや二つはあるものだと思うから。

ああでもそれ以前の問題として、アレはまず親に連絡をしてこなかった。
そしてこちらからの電話やメールにも、なかなか応じなかった。
だから、当初は随分やきもきしたものだ。
心配は度が過ぎると怒りに変わる。
そんな風だから、ダメもとで掛けた電話にたまたま出たりすると
ついがみがみ言ってしまい、私の方が自己嫌悪に陥るのが常だった。

そのうちいつしかそんな状況にこちらも慣らされてしまった。

「元気ならいいや・・・・」



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とはいえ、私も時々は偵察を兼ねて下宿を訪ねた。

そんな時は一応「行くよ」と連絡はするのだが、彼からは
「僕いないけどそれでよければ」ほぼそんな返事だったから
行くと冷蔵庫を食べ物で満たし、掃除洗濯をし一人彼のベッドで寝て
日中は彼の下宿を根城にして、東京のあちこちに一人で遊びに行ったりしていたのだった。
そして息子とは会わないまま帰る・・・・そんなことがよくあった。

つまりこちらも、健気に尽くして帰らない亭主をひたすら待つ・・・・・
などという、そんな昭和の新妻のごとき母親でもなかったのだ。



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「僕の好きな店は、お母さんにはレベル高すぎだから大学の近くの店に行こう。
 あ・でも誰か知り合いに会うかもな・・・・まっいっか。」

れは長男が学部2年生の時のことだった、遠方からはるばるやってきた
この『無償の家政婦』である母親に、んと珍しくご馳走してくれると言う。

当時辛いものブームで、私も「食べるラー油」にドはまりしていたのだが
まだ担担麺というものを食べたことがなかった。
そして彼はこの時すでに、お尻が痛くなるほどの激辛マニアになっていた。
そこで私は「キミのおススメの担担麺を食べさせてよ」とリクエストしたのだった。

「大岡山」駅で待ち合わせて、夕暮れの通りを歩いて行ったその店は
どんなだったか・・・・・・店内の様子も担担麺の味すら思い出せない。

ただ、その店までを息子と並んで歩く道すがら、見上げた夜空に
まんまるな銀色をした綺麗な満月が出ていたことだけは、15年たった今も
ぼんやりと脳内スクリーンに浮かび上がらせることができるのである。
あたかもモノクロの映画のワンシーンのように。


























by marucox0326 | 2019-05-04 20:21 | 話の小部屋 | Comments(24)

食いしん坊のルーツ

春巻きお好き?


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英語で「Spring roll」・・・・・・まんまやん。
中国では春先に出回る野菜を巻いたことから
この名がついたらしいが、今回は中身に春雨を入れ過ぎたかも。

若いころ、何度か友人たちと訪れた
居酒屋風の夜しか営業していない店のメニューに
春巻きに似た「ベトナム」という代物があった。

皮の中身はひき肉で、巻き方も少し変っていたが
若い私たちには、ボリュームがあって美味しく頂いたものだ。
何故「ベトナム」なのか、聞いたような気もするが
忘れてしまって思いだせない。多分、大した理由はなかったのだろう。
店主も料理もこだわりが感じられそうなものはなく
安くておいしい、気楽さが売りの店だったから。

子供のころは、家族で外食というのは特別なイベントだった。
高度成長期に食べざかりだったわれわれ世代は、インスタント食品もあったが
今のように種類もなく、質より量、ほぼ「お母さんの手料理」で大きくなった。

そして食いしん坊の芽というか、私の料理に関する興味は
かなり小さい時からあり、小学生の時、自分でてんぷらを作ったことがあった。
イスに乗って油の入った鍋と格闘したのに、揚げられたサツマイモや玉ねぎは
固くて生っぽく、食事の際泣いてしまったことを覚えている。





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春雨サラダと鰤の照り焼き、ハマグリのお吸い物。

鰤の切り身が年々小さくなるのはどこもそうなのだろうか。
最近は鰤しゃぶ用とか、鰤のお刺身が良く出回っているのは
そういう事情もあってのことなのだろうか。

私は照り焼きにしたものが一番好物なので、ちょっと悲しい。

ちなみにハマチと鰤ではお刺身にした時の味わいが全然違う。
鰤のお刺身は、どうも私には脂が多すぎるしツレさえあまり好まない。



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さて・・・・・
むか~しむかし、あるところに一人の飲兵衛がいた。

職人上がりのその人は私の父方の祖父で
彼は朝からお酒を飲む人だった。

その祖父の好物こそが、まさに「鰤の照り焼き」
朝から一人だけ、一杯やりながら舌鼓みを打っていた。

その醤油とみりんと魚の油が熱されることで醸しだされる
香ばしくなんとも蠱惑的な匂いは、朝の清冽な空気の中に
場違いのように漂って私の鼻孔をくすぐり、
まだ味覚の発達途上にある幼な子の脳細胞に、強烈に刻みつけられたのだった。

昔は養殖もなく高級魚だった鰤・・・・
当然、その時4・5歳だった私は食べたことがなかったのだ。

だから、実際のところ、本当に祖父が「鰤の照り焼きが大好物」
だったのかどうか・・・・・
それは私がそう思いこんでいるにすぎないのかもしれない。
しかし、少なくともその時の匂いの記憶はゆるぎないもので、
私が、この魚を好物になった一因であることは間違いないのだ。




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祖父は堅物の父と違って、着道楽で食道楽なうえ
当時としてはハイカラで物欲の激しい人だったらしい。

お酒と、酒肴を準備するのは母の役目だったのだろう。
母はそれがとても嫌だったと、何度も聞かされた覚えがある。

多分、一人だけそんなことが平気で出来るのも
まだ家庭内に厳然として、家父長制があった時代だったせいもあると思われる。
さらにそれは簡単には崩れず、その後祖父母が亡くなり4人家族になっても
さすがに朝から一杯は無くなったけれど、父はそこだけは遺伝子を受け継いで
毎晩、夕餉には晩酌をし、おかずが私たちよりも一皿二皿多かった。

そしてその、おかずというにはあまりにスペシャル感が半端ない料理を
私達子供は見て見ぬふりをして、ただ黙々と与えられた食事を口に運んでいたのだった。



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「結婚したら、ご飯のおかずが父親だけ特別なんて事は絶対しない。」

かくして、そう固く心に誓った私は、
やがてスポーツに明け暮れる中高生の息子たちには
品数を多くするという母親になり下がった。

そして未だ、たまに彼らが帰省すると、さらに単価の上がる食事を提供し、
そのための金銭も時間も労力も惜しまない、親バカぶりを発揮している。







by marucox0326 | 2019-03-07 21:35 | 話の小部屋 | Comments(6)

夢見るギター弾きにはなれない。

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kissという名のチョコレート。
私が生まれるずっと前からあるけれど、
一粒ずつ銀紙に包まれたこのフォルムが
可愛いいッたらありゃしない。



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思い出すのは「kiss Me」というポップスソング。

Sixpence None the Richerというアメリカのバンドが歌って
日本でもヒットした、歌詞もメロディもとってもキュートなこの歌を、
そんなキュートさはとっくの昔に置きざりにしてきたアラカンの私が
現在の我が身も顧みず、数年前に発表会で歌った。

われら寄せ集めシニアバンドに、アコースティックギター君が新加入した時
前奏のアコギのリフが印象的で、コードもメロディもシンプルなこの曲どう?
と提案したのは私だった。

でも、あの時はちゃんと暗唱できたのにすでにもう忘れている。
そして歌詞をどんなに覚えても、悲しいかな、しばらく経つと
全然出てこなくなるのはこれに限ったことではない。

悪あがきに聞こえるかもしれないが、その理由の一つとして
発表が終わってしまうと、鼻歌ですらその歌を歌わなくなってしまうせいかもしれない。



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中学生ぐらいの時、ギターの弾き語りで覚えた曲がある。
ご存じの方は少なくなかろう。あのオードリー・ヘプバーンが
「ティファニーで朝食を」の中で歌った「ムーンリバー」だ。
ヘンリー・マンシーニの名曲で、こちらは今でもソラで歌える。

古い記憶は健在なのだ。

そう、彼女演じるホリーが窓辺に腰かけて
ギターをつま弾きながら歌う有名なシーン。
頭にターバン状の白いヘアバンドをして
さりげないジーンズスタイルの彼女が、
その大きな瞳を物憂げに曇らせながら、夜空を見上げて歌いだす・・・・
片足を窓の外に巡らされた階段の踊り場に乗せて・・・・

ああ~ニューヨークのアパートメントには、外壁に階段があるのよね。

他にも映画の中では、どれだけこの外階段が有効的に使われているか。
たとえば。。。。。
「プリティ・ウーマン」(1990年米)では、富豪のリチャード・ギアが
「ロミオとジュリエット」を気取ってここを駆け上がり、
ジュリア・ロバーツにプロポーズしたし
「ニューヨークの恋人」(2001年米)では
メグ・ライアンが住むアパートメントで、窓伝いに行き来する
登場人物の描かれ方のなんと愉快でステキだったことか。

本当に・・・・・なんという不用心さ!
そしてなんというロマンティックさ!





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中高生の頃、私もご多分に漏れずギターを持っていた。
そして簡単な曲を弾いては、勉強もせず歌ってばかりいた。
そして2階の私の自室にももちろん窓はあった。
が、残念ながら窓辺でギターをつま弾くなんてことは永遠に夢だった。

だってアルミサッシにガラスを入れ、網戸も着いたその窓は
表の道路に面した単なる腰高の窓でしかなかったから。
そんなところに、ギターを抱えて腰かけたりしたら
たちまちバランスを失って落ち、通行人を巻き込んで
えらい騒ぎになることは目に見えている。

さしずめ、コメディ系ホラー映画にはなりそうだけれど・・・・^^;。




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by marucox0326 | 2019-03-06 12:48 | 話の小部屋 | Comments(12)

映画館に行こう♪

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♪フロランタン、おひとついかが?

それにしても、アーモンドスライス、少なっ。



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一応手作り・・・・・
証拠写真も載せとかないとネ。

香ばしくて、初めてにしては美味しく焼けたけど
次回はもう少し、お砂糖の量を控えるべきかな。



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お気に入りのカフェオレボルと。


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さて・・・・明日はアカデミー賞発表日。
通年のような賞レース予想が、今年は少し鳴りを潜めている感じだ。
アルフォンソ・キュアロン監督の「ROMA」が、批評家受けがいいみたいだけど
Netflix配信での映画ということで、投票する側の反発があるようだし
受賞すれば画期的だが、これまた映画館や配給会社への影響は大きいだろうし
果して・・・・・。

「グリーンブック」と「バイス」は日本では公開がこれからだが
是非観たい作品。そして「女王陛下のお気に入り」は近日中に観に行く予定。
この映画の監督、ヨルゴス・ランティモスの「聖なる鹿殺し・・・」が
評判が良かったので観に行ったが、全く好きになれないタイプの映画で
しかもかなり太った熊コリン・ファレルにもなんだかがっかりだった。
しかしながら、その後見た「ロブスター」が面白くて、コリンはやっぱり
熊のまま(スイマセン)だったけど、すごく良かった。

「女王陛下のお気に入り」もコメディでいて、ひねりが効いた演出が期待できそう。



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この時期、単なる映画好きでしかない私も
アカデミー賞作品賞や監督賞を獲った作品は一応気にはなる。

でも、私の好きなマーティン・スコセッシ監督は
ことごとくノミネート止まりの苦渋を飲まされ
「ディパーティッド」でやっと監督賞を獲得したけれど
私自身は、それまでの彼の作品の方が好きだったりする。

「アリスの恋」「グッドフェローズ」「ギャング・オブ・ニューヨーク」
「エイジ・オブ・イノセンス/汚れなき情事」
これらが特に思い入れが深い作品だ。

ホラーや恐怖映画は見られない私が、何故暴力シーンや残酷なシーンが多い
彼の作品に惹かれるのか。それはストーリーの面白さはもちろん
彼の華麗な映像美や演出手法、そして音楽のセンスがあったればこそ。

でも「沈黙」は、どうしても見られなかった。
理由は、二つ。
この作品の発表でカトリック教会から批判を浴びた遠藤周作のキリスト教感を
外国人がどう描いても違和感があるような気がしたのと
昔見た篠田正浩監督の「沈黙」の強烈な印象が焼き付いているから。




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まあ、アカデミー賞の行方はともかく、

映画鑑賞はおひとりさまで。
これは私の鉄則である。

































by marucox0326 | 2019-02-24 23:07 | 話の小部屋 | Comments(8)

水仙

暖かな午後とはいえ、風は冷たい。
そんな中、梅の枝たちは
膨らんだ蕾をたくさんに付け
そのいくつかを健気に咲かせている。

そして春の便りは、食卓にも届き始めた。



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「しじみのお味噌汁」


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春先は、貝類がおいしい。
中でもしじみは、私の記憶では
子供の頃の方がもっと食べていた気がする。
数ある貝の中でも庶民的なお値段だったはずなのに
最近は採れなくなったのか、アサリの方が安いときがある。

久しぶりに作った「しじみのお味噌汁」だが、
この辺りでは味噌といえば「八丁味噌」
そのキリッとした味わいが貝の出汁にはよく合う。

あれは名古屋に住み始めたころ、ある日スーパーの売り場で
その「八丁味噌」の中でも、かなりオーセンティックなやつを見つけた私は
しばし躊躇したのち結局購入した。そして開封して驚いた。

たとえは悪いが、それは固くて真っ黒な粘土のようだったのだ。
裏にある説明を読むと、「入れすぎに注意、様子を見ながら少しずつ溶かすこと」
とあり、さらに「独特の渋みがあり、具は魚介類が合う」と書いてあった。

その時は、昆布でだしを取りあさりを入れたが、
確かに渋みと辛みが勝るけれど、すっきりきっぱりとした味で美味しかった。

だがやはり使いづらくて、今はもう少しマイルドなタイプの
「赤だし」表記の味噌を使っている。
八丁味噌の本場、岡崎市の人達は
今もあの黒くて固い味噌をお使いなのだろうか。




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「わけぎとアオヤギの酢味噌和え」

わけぎは青ネギとは違う、早春に出回る野菜。
ただこの辺で売られているのは、
私の知っているのと少し違う気がする。
わけぎは球根なので、根の部分が丸く膨らんでいて
根から茎の三分の一は白いはずなのだ。

この時期には、あのほのかな苦みと香りが、食卓に春を呼ぶ。
こちらは白みそ、いわゆる西京味噌をベースに辛子と酢、
ほんの少しかつおだしを加えて混ぜたもので和えている。

でも、東海圏ではこれも赤味噌を使うらしい。
近所の奥さんも、名古屋の友人も
何の不思議もなくそう言い放っていた。

ところ変われば・・・である。

聞けば、もちろん彼女たちも、
京都観光などで、そうでないものも食した経験はあり
白みそベースのその味は知っている。

でもやはり、赤みその方が
子供の頃から慣れ親しんだ味なのだろう。





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この日のメインは
ピーマンを炒め煮して、鶏の空揚げと合わせて煮たものと
お写真はないが鰺の塩焼き。シニアメニューである。

さて。。。。。。



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しじみといえば、その身はとても小さくて取り出しにくい。
子供の頃亡父に、この貝は出汁が十分に出ればいいのだから
実をいじましくほじくり出すのは止めなさい、と言われたような気がする。

私は食いしん坊だったので、やっぱりせっせとほじくっていたけれど。

そうだ、太宰も確かそんなことを言ってたな・・・・なんて言ったっけ、あの小説は。



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太宰治を初めて読んだのは、高校生の時の「人間失格」

もしかしたらすでに、「走れ、メロス」ぐらいは
教科書で読んでいたのかもしれない。
でも、たとえそうだとしても、この時の読書体験が
私にとっての太宰治に触れた最初だと思っている。

だって、あんな修身の題材にされるような話とは全く違っていたから。
そして恐ろしく強烈にシンパシーを感じてしまったから。
だから彼の本質をもっと知りたいと思った。
そして私は、彼の著作を立て続けに読み漁った。



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ああこれ、この記述だ。
でも小説の本筋と、しじみはさして関係はない。

私も・・・・彼と同じように、
箸でしじみの身を一つずつ食べないと気が済まない質だったから
このしじみの下りを、急にふと思い出したまでなのだ。

記憶とは妙なものだ。
というより食べ物と結びついて、
あれこれ想起されることが多いのは
きっと私だけだろう。

忘れてはいけない事柄より、つまらないことばかりが
私の脳内細胞にはでんと居座っている。

ところで
シジミの話が出てくるのは「水仙」という短編である。





















by marucox0326 | 2019-02-21 18:07 | 話の小部屋 | Comments(8)

サラの鍵

さて前回のポスト
何だか、ツマラナイお惚気に突き合わせてしまった感が否めないが
今回は,marucox久々の真面目バージョン。Here we go!


「サラの鍵」(「Sarah's Key」2006年仏出版 タチアナ・ド・ロネ作)


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この小説は数年前に映画化されていて、私はすでに公開時見ていたのだが
ホロコーストを題材にした映画はかなりの数を観ているにもかかわらず
ヴェルディブ事件という衝撃の史実を、私はこの映画を見て初めて知ったのだった。
そして映画鑑賞後には、是非原作本を読みたいと思い、図書館に行ったが、
その時はなく、まあいいかとそのままになってしまって忘れていたのを
数年を経た今年のお正月明けに、図書館で借りたのだった。

何故今またこの本を手に取ろうと思ったかといえば、
数か月前、同じタチアナ・ド・ロネ原作の「A Secret Kept」を映画化した
「ミモザの島に消えた母」というフランス映画をビデオで見たからだった。

こちらは、メラニー・ロランという私の好きな女優が
出ていたから観たいと思っていた映画で、
その時は原作者のことなど気にも留めずに観たのだった。
こちらもミステリー仕立てで面白い作品だったが、
もしこの偶然がなかったら、「サラの鍵」の原作本を
読むことはなかったかもしれない。




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この物語の時代背景は、フランスがナチスドイツに占領されていた第二次世界大戦末期。

当時フランスは親ナチ派のヴィシー政権のもと、
国内にいるユダヤ人たちを一斉検挙し収容所に送り込んでいた。
そして1942年7月、ヴェロドローム・ディヴェール(ヴェルディブ)という
屋外競輪競技場に、収容所に搬送する前の彼らを一時的に閉じ込め
そこでは、子供や女性も含めた身動きもできないほどの大勢のユダヤ人が
水も食料も与えられず、トイレも使用できない劣悪な環境に置かれた・・・・
これがいわゆるヴェルディブ事件である。

占領下とはいえ、このフランス政府による大量のユダヤ人検挙は
非常に重く深刻な禍根を後世に残すことになるのだが、
これについて戦後人々の間では、重く口は閉ざされていたようだ。
その後1995年、シラク大統領が就任後の追悼式典演説で
当時のフランス政府の過ちとして正式に認めたことで、
この事件のあらましは、若い世代他にも広く知られることとなった。
その様子は、小説の中でも語られている。



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物語の主人公ジュリアは、フランス人の夫とパリに住むアメリカ人女性ジャーナリスト。
シラク演説後の2002年、雑誌で特集を組むことになり、上司に取材を命じられた彼女は
その過程において、フランス人である夫の家族の思いがけないこの事件とのかかわりを
知ってしまう。そしてそこから、当時迫害を受けた一人のユダヤ人少女サラの辿った
数奇な人生があぶりだされ、それはやがて思わぬ形で一本の糸となっていくのである。



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ジュリアの生きる現代とサラが迫害された60年前、そしてその後の数十年
それぞれの半世紀近い時代を行き来しながら
戦争のもたらした悲劇を縦軸に、彼らの周囲の人間模様を横軸に
小さなエピソードが織りこまれながら、400ページ以上の長編を一気に読ませる。

ヴェルディブでのサラの家族の描写や、ジュリアの夫ベルトランの人物像が
小説の方が緻密に描かれているし(このフランス人の男はどうしようもない)
ジュリアの娘が、原作ではサラと近い11歳だが、さすがにフランスの子供は
大人びていて、親に対しても対等に意見を言い、小説では非常に重要な役回りだ。
映画では娘の年齢は18歳くらいだったので、同じ年齢設定でも良かったのではないかと思った。

いつもフランス映画を見ると、やや違和感を覚える
彼らのちょっと自分勝手な部分や考え方の違いも
アメリカ人であるジュリアの目を通して
小説ではかなりの部分で突っ込んで描かれているのも興味深かった。

映画ではあっさりと終るラストも小説の方は丹念に描かれていて感動的だ。

タチアナ・ド・ロネ、中々のストーリーテラーだ。
しかしながら、邦訳は、「サラの鍵」のみのようである。

映画の方は













by marucox0326 | 2019-02-17 14:06 | 話の小部屋 | Comments(12)

物語の世界に旅する贅沢

ここのところ冷え込みが厳しい日が続く。

窓の外は陰気なモノトーンでも、お家の中で日がな一日
読書にビデオ鑑賞にと、現実逃避を決め込んで過ごすのは
贅沢にして最上の愉しい時間だ。

ただ、いったん物語の世界へ入ってしまうと
私の場合、中々抜け出せなくていけない。

それは長く果てしない時間旅行。
頁を繰るにしたがって、いつしか時空を超えて
やがて広がるアナザーワールドに降り立てば
知ることの歓びに胸躍らせ、時に重い疑似体験に胸塞ぎ、
心打ち震える感情に滂沱の涙にくれて、
そしていつまでも現実世界に帰れない私なのだ。

そう、気が付けば外は真っ暗、
夫が帰宅し、慌てて本を閉じて夕食の準備をすることも少なくない。
子供たちがいたころは決してそんなことはなかったのに。

それでもそんな私を責めるでもなく、出来上がりを待ってくれる
辛抱強いツレアイを持った私は幸せものだ・・・・・なんてネ。
きっともう、彼もすっかり諦めの境地なのだろう。
そんな時には一杯やりながらスルメでもかじって
気長に待っている方が、得策だと悟ったのかもしれない。
大体いつもイライラしているというのが主婦という生き物らしいから。
ああしかし、このように主婦の座に胡坐をかいていると
私のようなダメ子が出来上がる。

夫よ許せ、来世はきっと夫にかしづく女に生まれてくるから。
そしてまた一緒に暮らせるといいね・・・・・ん?
私一体何言ってんだろ。

前置きが長くなった。

ここ数日読書三昧だったのでその中の一冊について
お話をしたかったのだが、次稿にしよう。
それこそ夕飯の支度が待っている。

ご興味がおありの方はまた覗いてくだされたし^^





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by marucox0326 | 2019-02-16 18:16 | 話の小部屋 | Comments(2)

照る日もあれば曇る日も・・・。そんな日々の戯言です。


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