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ニューヨークの少年

私は、今もいわゆる青春映画のジャンルも好んで見る。
読書においてもしかりで、中でも少年期や青年期の成長物語は大好きだ。

だから今回も、スタイリッシュな映像と胸キュンなストーリー展開を
期待して映画館に出かけた。



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「さよなら 僕のマンハッタン」(2018年日本公開。マークウェブ監督)
原題は「The only living boy in New York」

これはサイモンとガーファンクルの曲のタイトルでもあり、
去り行く友人に頑張れよと語り掛けながら、
でも僕は一人ここ(ニューヨーク)で暮らすサというような内容の歌詞だ。

劇中、主人公の青年トーマスに寄り添うように流れ、改めて聞くと
アコースティックサウンドが心地よい名曲である。

知りたい方はこちらに→☆



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で、本題の映画の方だが・・・・
期待して映画館まで見に行ったのにつまらなくて、実は途中で寝てしまった。

好きな俳優、興味ある監督、期待が持てそうな音楽と映像美。
それらの要素がそろえば、スクリーンで見てみたいと思う私である。
マーク・ウェブ監督作品は前作「500日のサマー」が、最高に素敵な映画だった。
本作はそれ以上に監督が描きたかったという自伝的な内容だということで
期待に胸を膨らませて観に行ったのだが



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主人公トーマスは、ニューヨークの恵まれた環境に育った真面目で優秀な青年。
同世代のガールフレンドに夢中だが彼女は彼にツレない。
そして、ある日偶然父親の浮気を知り、相手の女性に近付くのだが・・・・。




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主演のカラム・ターナーは、裕福なお坊ちゃまにありがちな
一見ダサいけど、育ちの良さが伺えるルックス(彼はイギリス人俳優、やっぱりね)と
生真面目で無神経と繊細さが同居したキャラクターを、チャーミングに体現していたように思う

しかし一方のガールフレンド役、カーシー・クレモンズについては、
彼が夢中になれる程のものが私にはどうしても感じられなかった。
もちろん典型的な美女である必要はない。
もしも彼が彼女の内面的なものにのみ惹かれているのならなおのことだ。
でも美人だ、とか外見の美しさを強調する台詞がよく出てくるのである。
ならば、スタイルや表情、ちょっとしたしぐさから滲み出るようなお色気だったり、
可愛らしさだったり、なにか魅力に感じるものがあるはずなのに、正直なところ
黒人のイケてる女の子のイメージに最後まで結びつかなかった。

J・ブリッジス演じるW.F.は、トーマスに何かと関わろうとする
謎めいた文学者気取りのお節介な爺さんだ。
私は以前より彼のファンだが、68歳にしてはちょっと老けすぎ?の感は否めなかった。
そして劇中では、トーマスに影響を与える美味しい役どころでイイ感じだったのに、
素性を明かせば実は・・・・・というのがどうも興ざめする。
ネタバレなので内容は言えないが、あのプロットはなくてもよかったのにと思った。

余談ながら、一番好きな彼の主演映画は「フィッシャーキング」
「ファビュラス・ベイカーズー恋の行方ー」の彼もセクシーでステキだった。。
「クレイジー・ハート」でやっと獲ったオスカーでのスピーチは感動的だったし
今後も彼の出演作を見たい。クリストファー・プラマーも頑張ってるんだから。

K・ベッキンセール演じるジョハンナは、トーマスの父親の不倫相手にして
その息子トーマスまでも夢中にさせてしまう。つまり実業界の成功者である
人生を熟知した渋いハンサムな男性と、若く純粋でまっすぐに情熱をぶつけてくる青年の
両方から愛される役なのだが、私にはちっとも魅力的な女性に感じないのはどうしてだろう。
モラトリアム青年がある出来事をきっかけに変わっていく。その出来事の一つに
「年上の女性との関係」というのは、ありきたりだが重要なファクターだ。
ああそれなのに、どこか疲れた感じの、綺麗だけれどイヤな女といった印象しかなくて
何だかなあ・・・・・。
「から騒ぎ」や「シューティングフィッシュ」の彼女が大好きだったのに
あの若き日の気品ある美しさとキュートさはすっかり鳴りを潜め
いまや「アンダーワールド」のイメージが定着してしまったのか。
ヴァンパイヤ映画で見せるカッコよさから一転、成熟した大人の女性としての
彼女の魅力を見たかったのに。好きな女優さんだけに残念だ。

そしてラストの展開は可もなく不可もなく、結局そうなるかという感じ。
爽やかな余韻は残しつつ、やはり少し物足りなさが残った。




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父親役のピアーズ・ブロスナン、母親役のシンシア・ニクソンは
好感の持てる演技だったし、音楽もよかった。
ロケ地に選ばれた高級レストランや、カフェ、D・ボウイも通ったという
有名な書店などにミーハー心が刺激され、また行きたいなあと思わせてもくれた。
・・・・・・褒めてない?!か。

なにせ、マーク・ウェブ監督の「500日のサマー」は、まず脚本が良かったし、
主演の二人も素晴らしく、いつまでも心に残る青春ものだっただけに、
辛口な感想になってしまった。
もちろんこれはあくまで一映画ファンの感想でしかないので
どうか笑ってお見捨ておきくださればありがたい。







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by marucox0326 | 2018-04-21 16:00 | スクリーンの向こうに | Comments(8)

ギレルモ・デル・トロ監督の世界

公開前からチェックしていたのに、いざとなると観るのを躊躇してしまう
そんな映画に出会うことがときどきある。特に前評判が高評価だったり
賞を取ったりして既に話題になっていたりすると、全くもって理不尽な言い訳ながら
とたんに手垢が付いた他人様のお宝を押し付けられたような気分になって
結局逡巡しているうちに映画公開は終了してしまうのだ。


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「シェイプ・オブ・ウォーター」 2018年日本公開 ギレルモ・デル・トロ監督

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映画のTVCMで、細野晴臣さんが激賞されていたのが観たいと思ったきっかけだ。
しかしながら、なにせアカデミー賞4部門に輝いた作品。
既にいろんな事前情報が出回っていたし、果たしてそんなに素晴らしいのか。
そのうえR15指定・・・・・「パンズ・ラビリンス」と同じような映画かしらん。
う~ん観たいような観たくないような・・・・。

同監督の「パンズ・ラビリンス」(2007年日本公開)は、評判に違わず
素晴らしい映像美と独特の世界観を持つ作品で、私も魅了された一人だ。
しかしファンタジーとはいえ、ハリーポッターシリーズ」などとは趣きが違う。
R15指定で残虐なシーンもありながら、スペイン内戦下の暗い社会を背景に
ひとりの愛に飢えた少女の感受性が生んだ、美しくも残酷なおとぎ話だ。
悲惨な状況にあってさえ、いやだからこそ、
物事を、ある種夢物語へと昇華させようとする感性はいつの世も
空想好きの大人びた少女にしか宿らないもの・・・・そんな感想を持った。
かつて観た、同じスペイン内戦下の子供を主人公にした忘れられない名作
「蝶の舌」(1999年 ホセ・ルイス・クエルダ監督)は、鑑賞後いつまでもしみじみと
心震えた作品だったが、デル・トロ監督の「パンズ・ラビリンス」
虚実の境目がわからなくなるような、まさに迷宮に陥ったような作風で
戦争の悲惨さを訴えているかのようだった。

しかし、若い時と違ってここ数年、戦争物や難病物を避けてきた私が
正直しんどくなってしまわないかという懸念が頭をもたげ
公開後もしばらくは観るのをためらっていたのだった。


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しかし観終わってみれば、私には「パンズ・ラビリンス」よりはるかに好きな作品になった。

時代背景は冷戦下の1962年、場所はアメリカのボルチモア
そこにある政府の機密機関に、アマゾンから不思議な生き物がひそかに運びこまれる。

このアイディアの元となった「アマゾンの半魚人」を
私は子供の時に見たことがある気がする。
白黒の古いアメリカ映画、他にも「ハエ男の恐怖」とか「ポンペイ最後の日」とか
テレビでやっていて、それらを小学生の私は見た記憶があるのだ。
その後、高校時代にその話が出来る唯一の友人とは親友になった。
そして後年「ハエ男の恐怖」はD・クローネンバーグ監督によって
「ザ・フライ」という映画になった。
あの映画は怪奇物なんかじゃなくラブストーリーだ。何度涙して見たことか。

ただデル・トロ監督の作り上げたこの奇妙なラブストーリーに
彼が選んだお姫様は、過去のトラウマのせいで声を失った
若くも美しくもない清掃員の女性なのだ。

冒頭、深い水底を思わせる緑がかったブルーの画面で映し出される
主人公イライザ(サリー・ホーキンス)の住む部屋が素敵だ。
しかも映画館の上にあるなんてロマンチックこの上ない。
外壁のネオンサインも60年代のノスタルジーを感じさせていい雰囲気だ。

その部屋で一人、卵を茹でバスタブに湯を張り、身を横たえたイライザはある行為に耽る。
孤独な独身中年女性にも性欲もあれば夢を見る権利もある。
そのシーンはでも、ウェットな哀しさよりもむしろ滑稽なくらいさらっと描かれていて
私には違和感はなかった。


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眼をそむけたくなるシーンやイライザの働く殺風景な政府機関のシーンと
心浮き立つダンスシーンや、そして詩的なまでに美しい
水中のイライザと「彼」のシーンとの対比、
悪人と善人は明確に分かれ、古き良き時代の心地よい音楽が
物語をただの荒唐無稽な話でないことを、デル・トロ監督は見せてくれる。

ゲイの初老の絵描きジェイルズや、同僚の黒人女性ゼルダは
イライザの友人でありよき理解者だ。そして科学者の立場から
この不思議な生物を殺してはならないと訴えるも拒絶され、
ついに「彼」とイライザを助ける側の人間に立つホルステトラ―博士。
そんな3人が、こんなんで大丈夫?と思えるようなやり方で画策する様子は、
あの「ET」(1982年S・スピルバーグ監督)の中で、
異星人を匿い逃そうとする子供たちの姿を思い出させた。

そしてずっとイライザの一途な健気さに、
抱きしめたくなるような愛おしさと共感を覚えてしまった私だった。


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お写真は去年行った滋賀県醒ヶ井の梅花藻。

















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by marucox0326 | 2018-04-08 09:54 | スクリーンの向こうに | Comments(18)

去年の冬、きみと別れ

タイトルって大事よね。・・・・なあんていいつつ
今回のブログタイトル、安直すぎるやん!まんまやん!

そう、今日は話題の映画について。

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公開前から是非映画館で鑑賞したいと思っていたこの作品→☆

ー去年の冬、きみと別れー 2018年公開 瀧本智行監督

中村文則氏の同名の小説の映画化である。
詳細は文中リンクを読んでいただくとして。



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原作者である中村文則氏は、又吉直樹さんや綾野剛さんなどが
愛読していると紹介されて以降、若者の間でもコアなファンを持ち
海外の評価も高いと聞く、愛知県出身の若手作家だ。

私は、彼の芥川賞受賞作品「土の中の子供」を読んだのが最初の出会いだが、
その時に受けた強烈な印象は、太宰治の「人間失格」を読んだ時に受けた
衝撃に近いものだった。それは、自分と同じ感覚を持った人間に出会った
喜びと共感とでもいえばいいのか・・・・・
以来、「遮光」「掏摸」「何もかも憂鬱な夜に」「銃」など立て続けに読んだ。
どれもダークな世界観だが、この「土に中の子供」はラストに
かすかな希望の余韻を見せて、中でもとりわけ好きな小説である。



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彼の作品のドラマ化は初めてではないようだが、私は観るのは初めてだ。
映像化不可能と言われたこの「去年の冬、君と別れ」
キャストには人気俳優が名を連ね、キャッチコピーは「すべての人がこの罠にはまる」
誰しも刺激的な展開の推理劇を想像することだろう。
原作でも確かにサスペンスの要素はあるけれど
私はどちらかといえば、もっと絶望感とか生きる意味とかを
考えさせられた思いが強かったので、今回映画鑑賞の前に
原作を読みなおそうと図書館に行ったのだが、
やはり映画化されて話題になっているせいか、11人待ちの状態。
これは先に映画を見るしかない。



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主演は三代目JSoul Brothersの岩田剛典。
彼についてはワタクシ全く予備知識がない。
ああきっと、ファンの若い女性で一杯なんだろうなあ。
そう思いながら映画館に着くと案の定、春休みということもあり
きゃぴきゃぴ感に圧倒される・・・・。

映画自体は、内容を知っている私も十分楽しめた。
冒頭に点字で手紙を書くシーンがあり、この最初の伏線の張り方は効いている。

フリーライターの耶雲恭介を演じる岩田剛典。
彼は人気パフォーマンス集団の一人なので、爽やかさや明るいイメージを抱く人もいるだろうが
スクリーンで見ていると、笑わない彼は意外に影のある青年だ。
屈託のない笑顔を見せるかと思えば、暗い目をした得体のしれない表情を見せることもあり
その落差を演技にうまくシンクロさせて、この難役を良く演じ切っていたと思う。
ただ、その人物像は原作とはすこし違っていて、もっと観客が感情移入しやすい人間に
描かれていた気がする。そこはエンターテイメント作品としての監督の演出もあろう。
手練れの北村一輝と渡り合うシーンなどでは、熱くなり過ぎない熱演という態で
これから俳優としての彼が楽しみになった。
他方女優陣については、山本美月と土村芳の配役が、逆の方がいいんじゃないかという
私の事前予想は全く間違っていた。特に山本美月に関しては「桐島部活やめるってよ」の時から比べると
なんと俳優として成長したのだろうという感想を持った。
ただ、浅見れいなに関しては(久しぶりに見たけれど)さらりときれいすぎて
彼女に狂気は全く感じられず物足りなかった。もっと歪んだエロチシズムを体現できるような
女優であってもよかったのではないかと思う。

中盤から核心に向かっては、過去の出来事をお決まりのフラッシュバックで
刑務所内での斎藤工とボロアパートで対峙する二人(誰かは伏せておく)のシーンは
矢継ぎ早やのクロスカッティングで、サスペンスフルにぐいぐい観客を引き込んでいく。
やがて我々観客は、絡まった糸が徐々にほどけるように事の次第を知る。
ああそして切なくも哀しいタイトルの意味があぶりだされ・・・・・
ま・そのあたりは結構メロドラマ的展開。

挿入歌はボブ・ディランの「Make you feel my love」
ああこの場面で、これが流れるか~っ、ありがちだけど沁みるよなあ~て感じである。
この曲は、米TVドラマ「Glee」の中で、主役の一人が
オーバードースで亡くなった際に歌われていたのが記憶に新しい。





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今年になって映画館で鑑賞できたのは6本。
例年、見たかった作品を見過ごしてばかりだけど
今年は出来るだけ映画館に足を運びたいと思っている。















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by marucox0326 | 2018-03-29 20:04 | スクリーンの向こうに | Comments(6)

女が信じ続けたもの

それはひと月ばかり前の、春まだ遠い冷たい雨が降る日。
久しぶりに大きな映画館に出かけた。
大好きなルーニー・マーラー、
「キャロル」以来のメジャー作品に主演とあれば
見に行かなくてどーするってことで。。。。。


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ー「ローズの秘密の頁」ー
2016年 監督ジム・シェリダン 詳細はこちら★

産まれて間もない我が子殺しの容疑をかけられたまま
40年もの長きにわたって、精神病院で暮らすことを余儀なくされた
ある女性の真実を描いたこの作品は、
セバスチャン・バリー著、「The secret scripture」を原作としている。
だが、実際の物語とは随分違っているらしいことは後から知った。
読んでみたいが残念ながら邦訳は出ていない。

原題は「秘密の聖書(聖句)」といった意味だろうか。
しかしここでは、主人公ローズが命より大切にとってある
一冊の擦り切れた『聖書』に本来の意味はない。
むしろそれは彼女の人生、生きてきた証そのものなのだ。
何故ならそのページそれぞれの狭い余白に、
彼女は、過去の出来事や心の叫びともいえる絵を
びっしりと書き綴っていたからである。


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物語の始まりは取り壊しが決まったアイルランド西部の精神病院。
そこへ、移転前に収容患者の診察を依頼されやってきた
エリック・バナ演じるグリーン医師は、院長の命令で移転先には無用だと
没収されそうになったローズの荷物を取り戻してやる。
そしてその中にあった無数の書き込みがある『聖書』に興味を持った彼は
読み進むうちに、やがて彼女の数奇な過去を知ることとなる。
徐々にあぶりだされる真実。
物語は過去と現在を行き来しながら核心に迫っていく



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若かりしローズが生きたのは1940年代のアイルランド。
監督のジム・シェリダンやルーニー・マーラーも
ルーツを持つ場所でもある。

アイルランドといえばカトリックのイメージが強いが、
そもそもカトリック信者が多いアイルランドの北部に
プロテスタントの人たちがスコットランドから流れてきて
その人口比率はプロテスタントが約3分の2を占めたという。
そして第二次大戦中はアイルランドは中立の立場を取っていたので
イギリス、アイルランド、北アイルランドそれぞれに
とても複雑な対立の構図があった。
そんな歴史的な背景、宗教間の問題も物語には反映されている。





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ルーニー演じる若く美しいローズは
(映画ではローザンヌと聞こえるが、字幕ではローズと表記)
戦火を逃れてベルファスト(北アイルランドの首都とされる町)から
たった一人の身内である叔母を頼って、アイルランド西部の保守的なこの町にやってくる。

都会育ちでプロテスタントの彼女は
浜辺で海水浴をして向こうの島まで泳ぎ切るような活発さと
美しさの中に強さを秘めた女性として描かれる。
しかしこの時代、保守的なカトリック信者の多い田舎町で
ひときわ目を引く彼女は男たちを魅了し、
新任の神父の心まで、図らずも乱す存在になってしまう。

この神父、ちょっと苦み走ったイケメンなのだ。
彼は妻帯することができない身分ながら、
プロテスタントでもあるローズへの思いは尋常ではない。
結局、時を経て大司祭にまで上り詰めるが
彼の屈折した彼女への恋慕がなければ、悲劇は起こらなかったかもしれない。

そしてそんなローズは、叔母に疎まれ
人里離れた小屋のような住まいに追いやられてしまうのだった・・・・・。



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さてここでちょっと余談だが、ルーニー・マーラーの役は、
始めジェシカ・チャスティンにオファーされていたそうだ。
彼女のキャラクターなら全く違ったローズ像が見られただろう。

映画の楽しみはキャストの魅力に負うところも大きいが、
医師役のエリック・バナと看護師役のスーザン・リンチの
関係性にーこの先彼らはどうなるのだろうー含みを持たせた演出も心憎い。
そして何と言ってもマイケル役のジャック・レイナーは
私の大好きな映画「シングストリート」のお兄ちゃん!!
あの時も好感持てる役柄だったけど、今回は短い髪がよく似合う
精悍なルックスで見違えてしまった。
惜しむらくは、マイケルについての人物描写がどうも物足りないというところ。

また老いたローズをバネッサ・レイドグレイブが演じるには、
若い頃を演じるルーニーとはかなり体格差があり、正直違和感は否めない。
でもさすがは名女優。彼女の悲しみを湛えたグレーがかった美しい目と
苦悩が刻まれた表情、そしてその抑制のきいた演技を観ているうちに
いつしかそんなことは気にならなくなっていた。







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映画に話を戻そう。

中盤から、ローズに降りかかる哀しくも非情な出来事の数々。

それでも彼女は愛しいマイケルを想い続け、息子の生存を信じ
40年もの間、無実を聞き入れられない絶望的な状況の中
不本意に矯正される精神病院での生活に耐え続けて生きるのだった。

ここではローズが反抗的な態度をとると、医師による「治療」が行われる。
つまり電気ショックだ。そのシーンはあの「カッコーの巣の上で」を思い出させる。
自由を奪われた人間の哀れと印象的なラストが忘れられない名作である。
しかしローズはジャック・ニコルソンとは違った。
過酷な試練の中で、彼女が何とか精神の均衡を保ち続けられたのは、
ただありのままを書き続けた『聖書』があったからではなかったか。

不条理に苦しめられるローズのような女性は、かつてこの国に存在した。
男にちやほやされるとみだらであるとか、美少女であるがゆえに罪深いとされて
修道院や精神病院に収容された女性たちがいたのだ。
子供を孕まされたりしても男に責任はなく、いつも責められるのは女性の方だった。
産んだ子を取り上げられ、一生をそこで過ごした人もいたという。

そんな現実が、アイルランドの負の歴史としてあったことを
「マクダレンの祈り」や「あなたを抱きしめるまで」
などの映画を見るまで私は知らなかった。



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物語は終盤に近付くにつれ、サスペンスフルな展開を見せるも
結末は女性受けを狙ってか、メロドラマに徹した感は否めない。

でも、ジム・シェリダン監督の過去の作品
「マイレフトフット」も「父の祈りを」も
震えるほどの感動を覚えた私としては
ここは納得のラストということにしておきたい。





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ところで、映画では重要なファクターになっている「聖書」だが
原作には全く登場しないらしい。
もし原作をお読みの方は、映画の方は別物として
鑑賞されたほうがよろしいかと・・・・。

長々とお読みいただきサンキュ♪


お写真はイギリス、コッツウォルズにて撮影。












































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by marucox0326 | 2018-03-18 20:31 | スクリーンの向こうに | Comments(10)

ジム・ジャームッシュの世界観 新作そして#2

さて前記事のつづき・・・・
J・ジャームッシュ監督についてもう少し。



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「パターソン」を観たら、またあの映画を見たくなってしまった。

まあ、お茶でも飲みながら・・・・。


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「ナイト・オン・ザ・プラネット」(1991年アメリカ)

全編に流れる音楽はトム・ウェイツ。これまたとてもいい。
彼の歌声は大好きなのだ。それについてはこちらにも
俳優としての彼を初めて意識したのは
ロバート・アルトマン監督の「ショート・カッツ」だったので
ジャームッシュ作品での彼はよく知らない。
「ダウン・バイ・ロー」はロベルト・ベリーニが苦手で見ていないのだ。

当時は、大好きなウィノナ・ライダー狙いで観た
「ナイト・オン・ザ・プラネット」だが、
5編のストーリーから成るオムニバス映画で
地球上の5つの都市を背景に、
タクシードライバーとその客のやりとりから描かれるのは
国籍も、人種も、生活状況も違うそれぞれの人生の断片。

鑑賞後、この映画の世界観にとても心が揺さぶられたのだった。。




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最初のエピソードは、当時が一番輝いてたウィノナ・ライダーと
「グロリア」のゴッド姐さん、ジーナ・ローランズという大物同志を
配し、ロスアンジェルスの空港から始まる。

ロスのタクシードライバーを演じるウィノナ・ライダーは
少年のようにキュートだったし
(実際お客のジーナにboyなんて呼ばれたりしていた)
ハリウッドのキャスティング・ディレクターという役どころで
彼女のお客を演じたジーナ・ノーランズは
「グロリア」の姐さんの雰囲気そのままだった。
ジーナ・ノーランズ・・・・・
若い方たちには「きみを読む物語」の
老いてからのヒロインを演じた女優さんといった方がわかるだろうか

ひっきりなしにたばこを吸い、ガムも噛みながら運転するウィノナに
「吸い過ぎよ」とか警告しながら、
「あなたの人生の最終目標ってイエローキャブのドライバーなの?」とジーナは聞く。
彼女は「ちがう、修理工になりたいの」と答えるのだが
その「メキヤァニック」の言い方がやけに耳についた事を思い出す・・・・。

ロスには、ハリウッド女優になりたくて
田舎から出てくる女の子がワンサカいて
生活のためにしかたなく様々な職に就きながら
いつか映画関係者の目に留まることを夢見ている。
「ラ・ラ・ランド」のヒロイン、ミアのように。
さすがのジーナ姐さん、先見の明でこの娘ッ子はイイと睨んだか
それとなく鼻先にニンジンをぶら下げるがごとく、映画に出てみないかと持ちかける。




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この間の、小柄で化粧っ気のないW・ライダースと
大柄で派手なファッションのJ・ノーランズのやり取りがいい。

「あんたが真剣なのはわかってる。でも私がなりたいのは・・・・メキヤァニック」
むろんこんなふうじゃあなかった。でも・・・・
W・ライダースの「メキヤァニック」、ああ耳について離れない・・・・。

ニューヨーク編では、ドイツ移民のドライバーの
英語も運転もたどたどしいのに業を煮やした客の黒人青年が
運転を代わろうとまでするが、彼の身の上話に次第に打ち解けていき・・・・・
パリ編では、あのベアトリス・ダルが盲目の女を
リアルにクールで色っぽく演じ、シニカルなエンディング。
ローマ編は、ロベルト・ベニーニのドライバーが、
大げさな身振り手振りでしゃべり続け、終わり方がちょっとシュール。

そして最後の雪のヘルシンキ編が、実は一番好きなエピソード。

おかげで、しばらくアキ・カウリスマキ監督作品に嵌っていくつかはビデオで観た。
中でも「ル・アーブルの靴磨き」は、特に印象に残っている。



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街はもうハロウィンムード。

仮装で大騒ぎは定着しつつあるが
「Trick or Treat」はどうなんだろ。



















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by marucox0326 | 2017-10-03 21:00 | スクリーンの向こうに | Comments(16)

ジム・ジャームッシュの世界観 新作そして・・・・・#1

ごく平凡な市井の人々の日々。

それは、朝起きて生活のために働き、
変わり映えのしない三度の食事を摂り
夜になればとりあえず床に就くといったありきたりの毎日。

そうやって繰り返される日々の営みの中には
突然やってきた解けない謎のような出来事に苦しんだり
波のように押し寄せる悲しみに出会って
ただひたすらに耐え忍び夜明けを待つ・・・・そんなこともあるだろう。

でも人はそんな中でも、
ささやかな楽しみに時間を割いてしばし心の充足を手にし
小さな幸福のかけらを抱きしめて生きていく。
何事もなく無事に過ぎた一日に感謝して・・・・。


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「パターソン」2017年 アメリカ ジム・ジャームッシュ監督

先日映画館で観たこの作品
描かれるのはこともなげに過ぎてゆく日常。
同じ朝、同じ同僚との会話、
一見退屈にも思える展開のなさなのに
観終わった後、じわじわと幸福感に包まれてしまうのはなぜだろう。

それはこの作品の中に流れる「詩」というものの存在に他ならない。
ここでは「詩」が重要なファクターだ。

私は知らなかったが、このパターソン市から、医師にして詩人である
ウィリアム・カルロス・ウィリアムズという人物が輩出されていて
彼は長詩「パターソン」を書いていることに、監督がインスパイアされて
この脚本を書いたという経緯もあるようだ。


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主人公パターソン(アダム・ドライバー・彼がすごくいい。さらに好きになった)は
アメリカのニュージャージー州に実在する「パターソン」という町に住むバス運転手。
可愛いらしいパートナー、ローラと愛犬マービンとつつましく暮らしている。
町の名と同じ名前を持つ彼は、穏やかで優しく暇があれば詩作に励んでいるが
有名になりたいとか、才能を世に問いたいとかという野心があるようにも見えない。

描かれる一週間の出来事は、毎朝二人が眠るベッドのシーンから始まるのだが
ちょっとした出来事は起こってもそこから大事件には発展しないまま
毎日はただ過ぎて行くのだった。



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映画のシーンに重ねて、
画面にはアダム・ドライバー演じるパターソンが作った
詩の数々が映し出され朗読される。
この詩のリズムと深く抑制のある彼の声が
映像の中で川のせせらぎのように心地よく
彼らのなんということのない日常や風景を、ほんの少し色づかせていく。

英語はさほど難しい単語じゃないのに、この詩のニュアンスを
十分に理解して味わえないことがもどかしかった。

パターソンのパートナー、ローラを演じるのは
イラン出身のゴルシテフ・ファラハニ。
彼女はエキゾチックな美しさとユニークなファッションセンスを持ち
屈託のない笑顔で、200ドルのギターをネットで買うことを
パターソンに承諾させたり、あまり気乗りのしない彼に
書き溜めた詩のノートをコピーして発表するべきだと言ったりする。

でも可愛いらしくも拙い彼女の演奏を聞いてあげるパターソンの
(この曲がねえ、ちょっとびっくり。何故かは言えないけど)
穏やかな表情も限りなく優しい。

彼の周りを取り巻く人たち、その会話、そこにあるちょっとした可笑しみ
大きな事件は起こらずとも、妙な空気が流れたり、ズレた瞬間が訪れたりするのが
普通の生活を送る人間の常だと改めて思わせられたりした。

そして、偶然出会った詩を書きとめる少女とのほんの数分だけの交流が
その後の彼の気持ちに少しだけ変化を見せたように感じた。

一介のドライバーで終わるつもりだったかもしれないのに・・・・。
そんな彼はやはり詩人そのものだった。

だが・・・・・。



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それにしても
ラスト近くに唐突に表れる「日本人」との短い会話のシーン。
演じる永瀬正敏のいかにもという感じの風体と、
彼が日本から持ってきたという前述の長詩「パターソン」の本。
なんだかすごく変だった。
永瀬さんは「ミステリートレイン」の縁で、監督から出演をオファーされたそうだが
大学教授?疲れた日本のサラリーマン?、あんな本の装丁ってあるかね、とか・・・・・。
しかしこの滝の流れる公園(グレート・フォールズ・パーク)の映像は
とても日本的だったし、このシーンは印象的ではあった。

もしかしたらこれもまた
あえてのジャームッシュの狙いなのかも・・・・。



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久しぶりのジャームッシュ作品。
私には気持のいい余韻を残したが、好き嫌いはあるかもしれない。

引き続きジム・ジャームッシュ監督作品について
もう少しお付き合いくだされたし・・・・・・。


































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by marucox0326 | 2017-10-03 11:37 | スクリーンの向こうに | Comments(0)

It's sooooooo~cool !!

いよいよ行楽のシーズンである。
澄み渡った秋空の下のドライブは気持がいい。
そしてそんな時、車中で音楽を流す・・・・・・そんな人は少なくないはず。

気ままに一人でドライブ、ハンドルを握りながら
気に入ったメロディーがラジオから流れてきたら
思わず体を揺らしてリズムを取ってしまう、
そしていつのまにか歌いだす・・・・

ま・そんなヤカラは、私以外数人かもしれないが。




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彼は、幼いころの不幸な事故の後遺症か、
止むことのない耳鳴りに悩まされ
いつもイヤホンをして音楽を聞いている。
そして実はその幼い顔立ちに似合わない、
天才的テクニックを持つドライバーでもある。

ある日ひょんなことから、ワルの大物にその腕を見込まれて、
彼、ベイビーは悪の道に引きずり込まれてしまう。

銀行強盗には自らの手を染めないが、逃亡する際の車を運転するべく
犯罪者たちに加担している彼は、本当はナイーブで心優しい青年。

押し付けられた借金を返済し、そこから抜け出そうとするのだが・・・・。



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「ベイビー・ドライバー」
2017年アメリカ エドガー・ライト監督

予告の段階から見たくて見たくて。
やっと映画館に足を運んだのが数週間前。

主役を演じるアンセル・エルゴート
彼は「きっと星のせいじゃない」という
いわゆる難病物の映画で初めて知ったのだが、
その時も繊細で真っ直ぐな恋する青年を好演していたのが記憶に新しい。
最近の私、どんなに明るく描かれていようが
ー悲惨、悲劇、ツライ、セツナイ、でもカンドーさせるぜー
みたいな映画は避けてきたのだが、この作品は良かった。
「きっと星のせいじゃない」という邦題も
内容に沿ったニュアンスで素敵だし、印象深い作品だった。

今回はそんなアンセル君、
スタントにも挑戦しドリフト走行もやってのけ
音楽に合わせてリズム感よろしくダンサブルな動きも見せるなど
この超カッコいい映画の中で新骨頂を見せている。

最近は実写にこだわる作品が増えているが
こちらも冒頭からCGなしの激しいカーチェイスとクラッシュが続く。
いったい何台の車をぶっこわしたの?と聞きたくなるようなシーンが満載だ。

しかもこの映画の新しさは
単なるアクションものではなく
音楽が見事にリンクしているところだ。
あっという間にエキサイティングな2時間弱は疾走する。



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彼の恋人役には「シンデレラ」や「ダウントン・アビー」で
活躍が目覚ましい若手英女優のリリー・ジェイムズ。
コスチュームプレイが多い彼女だが、とてもチャーミングで役にピッタリ。

余談ながら、私には彼女のシンデレラは現代的すぎてややしっくりこなかったし、
むしろこの映画で魔女を演じたヘレナ・ボナム・カーターが
悪目立ちしてた感が拭えなかった。
ヘレナについては「眺めのいい部屋」や「鳩の翼」の彼女が大好きだったので
私としては当時の彼女のぶっとんだ役どころの多さに
演技派を通り越してどこへ行っちゃうのって感じだった。
ティム・バートン監督(彼の作品は大好きなんだけどね)
の影響が大きかったのかもしれないが、お別れして最近はちょっとご無沙汰だね。

おっと脱線はこの辺にして・・・・。

「ベイビードライバー」のキャスト
他には、ボスのドクを演じたケビン・スペイシー、
意外に出番が少ないバッツ役のジェイミーフォックス
それ以外は無名に近い俳優陣。
でもそれぞれにアクの強い個性的なワルたちだ。
終盤、彼らの素性が暗示される場面や、
人間らしさが垣間見える場面を挟み
ストーリーに膨らみを持たせながら
仲間からも警察からも追い詰められる
一見気弱な主人公ベイビー。
果たしてどうなってしまうのか。
ネタばれになるのでラストは言えないが、
たぶんエンディングについては意見が分かれるところだろう。
昔の私なら、手前のシーンで終わって欲しかったと思うかもしれない。

でも今は、このラスト、結構お気にいりだ。

さらに忘れていけないこの映画の最大の魅力
それはいわずもがな、音楽である。

監督自ら選んだという30曲は
カーアクションシーンでも、コミカルなベイビーの一挙手一投足にも
絶妙にマッチして気持よく、映画全体がグルーブしているみたいだ。
しかもそれらのナンバーは、60年代のソウルミュージック、レゲエやジャズ、
ヒップホップに至るまで実に多彩なのである。

たとえばこんな風・・・・
「テイクファイブ」でおなじみのデイブ・ブルーベック・カルテットの
「アンスクエア・ダンス」をバックに、ベイビーが指でカタカタ机を叩いたり、
回想シーンでスカイ・フェレイラが演じる母親が歌うのは
コモドアーズの「イージー」だったり。
もちろん、サイモンとガーファンクルの「ベイビー・ドライバー」も
最後の最後に流れる・・・・LP持ってたわ「明日に架ける橋」



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知らない曲も当然あって、
事前に予習しておけばよかったと思ったほどだ.

なかでも一番好きな場面。
冒頭のすさまじいカーチェイスのあと、
一仕事終えたワル達にベイビーがコーヒーを買って戻るシーン。
彼が街中を軽快なステップを踏みながら歩き、
そこにキャストのクレジットが重なり、
そのバックに流れるのがこれ。

ああ~ストーンズじゃんと思ったこの曲を最後にお届けしたい。

ただし、映画の中で使われているのは原曲のボブ&アールのもの。
こっちは知らなかった。








アクションが苦手な方も音楽に興味のない方も楽しめると思うよ~~。

























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by marucox0326 | 2017-09-20 20:41 | スクリーンの向こうに | Comments(12)

最近私的キネマあれこれ

今年に入ってから数本の映画を映画館で観た。

今月からは60歳パスで、一人で行っても料金は安くなる。
いよいよ自分もおばさんからおばあちゃんかと嘆息混じりに呟く。
でもシニアと呼ばれることに抵抗するより、年齢制限ありきで低価格になる
料金設定を素直に喜んで、もっと映画館に足を向けたい。
と思ってはいるのだが、いかんせんここ最近
これぞという作品に出会えていない。

心に引っかかった事柄ならどんなに些細なことでも
自分の言葉を紡ぎだそうともがくことを厭わないのに、
(結構この産みの苦しみ的感覚が好き)
その気が起こらなくて困っている。

生来のものぐさである故か、ブログを立ち上げたからといって
自分が読んだ本や、観賞した映画やお芝居やコンサートのすべてを
備忘録のようにアップするわけではない、この気まぐれブログ。

それでも
お話ししているうちにヒートアップするかもしれない(苦笑)


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「マリーゴールドホテル・幸せへの第二章」

一作品目の「マリーゴールドホテルで会いましょう」が
キャストが皆魅力的で素敵な映画だったので、期待値が高すぎたのかもしれない。
勇んで観に行った続編は、肩透かしを食らった、普通すぎて。

ホテルの若いオーナーを演じたデーブ・パテール
当たり前かもしれないが、『スラムドッグ$ミリオネア』の時とは随分印象が変わって
今作では、さらにおじさん化が進んでいた気がする。まだ20代半ばなのに・・・・。
(ファンの方々ごめんなさい)
そして改めて驚いたのは、私が通う英会話スクールの
すぐ辞めちゃった韓国系カナダ人の先生に雰囲気がすごく似ていたこと。
(前作観賞の折にはまだ英会話を習っていなかった)
見た目も、早口で良くしゃべるところも。

前作に感銘を受けたリチャード・ギアが、今作品に自ら進んで出演を望んだらしいが
このメンバーには、なんだかしっくりこない。むしろその違和感が狙いなのだろうか。
ホテルオーナーのママと恋に落ちる設定もなんだかなあ。
彼女とのシーンでのR・ギアの目線や表情はいつも通り・・・・実にエロっぽい。
そこだけ妙な空気が流れる。ギア様は何やってもギア様だね。

キャストがカップルでバイクに乗るシーンや、
お約束のボリウッドダンスを
英米人キャストも踊る圧巻のラストシーンを加えて
華やかさは加味されているのだが・・・・。

前作は思いがけない世界的なヒットだった。
今作はヒットを狙って製作された感が。これも続編の宿命?

でもこれらのシーンやハリウッドスターを迎えたりして
派手な演出が増えた点は、前作のファンから見れば好みが分かれるところだろう。

私的には、お気に入りのビル・ナイが出るシーンが多くて
それは大満足だった。





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「Mr.ホームズ 名探偵最後の事件」

シャーロック・ホームズは実在していた
そして90代となった今、若かりしころに引退を余儀なくされた
未解決事件に再び挑むことに・・・・・
なんてキャッチコピーにまんまと乗せられ観に行くも、観終わって唖然。
シャーロキアン諸氏は、この映画にミステリーを期待してはいけない。

我々から見て日本でのシーンが、
非常に奇妙な点は仕方ないにしても
数々のはてなが浮かぶ。

真田広之の役って何の意味が?
日本から大事に持ち帰った「山椒」は何の意味が?
シャーロック・ホームズって私立探偵だよね確か?
ほかにも?な点があったけれど、未見の方のためにこのくらいにしておく。

ただ、さすがの名優イアン・マッケラン
60代と90代の演じ分けが見事だった。
家政婦を演じたローラ・リニーは久しぶりに見たが
それにしてもまだ実年齢50歳そこそこのはずなのに・・・・・
う~ん、役作りか・・・いやそれならもっと若い設定でしょうが、
いやこれ以上はやめておこう。地味ながら好きな女優さんなので、つい。





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余談ながらローラ・リニーについて少し。
どちらかといえばインディペンデント系の映画出演が多く
英国俳優との共演が多いので、ずっとイギリス人だと思っていた。
調べたら実際はニューヨーク生まれのアメリカ人だった。
全然イメージ沸かないなあ。


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「偉大なるマルグリット」も観たんだけどねえ。
これ、実在した「世界的音痴」の富豪の女性がヒロインのモデル。
彼女についてのエピソードを元に作られたお話という触れ込みなのだが・・・・・。
本国フランスで大ヒットってほんまかいな。

現代でも、お金持ちで趣味で楽器演奏する人の中には
財力に物を言わせて私的にライブ張る人はいるけれどサ。

う~ん、ストーリーとしても、ずっとまだ何かあるに違いないと
思いつつ我慢してみていたが・・・・あの結末???は違うだろっって感じ。

カトリーヌ・フロは、結構好きな女優さんだけにとっても惜しい。

詳しくストーリーは言えないが、これだけは言いたい。

声を出して歌うときに音程の取れない人はすなわち
正確な音を聴き取る能力のない人のことを言うのだとしたら
それはどんな方法で聴くにせよ、正確に聴き取れないはずだってこと。





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なんだかんだ結局かなり温まってきたところだが
これにておしまいにしましょ。
お付き合いサンキュざんした。

























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by marucox0326 | 2016-04-12 19:21 | スクリーンの向こうに | Comments(4)

愛したひとは・・・・。

女子高出身の私は、15歳から18歳までの多感な時期を
古い言い方だが「女の園」で過ごした。
もう40年以上も前だけれど、それなりに進学校で風紀に厳しく
文化祭に男子を呼ぶのに、親と教師の印鑑が要るような学校で
優等生から私の様な劣等生まで、そこは多種多様な人種のるつぼだった。

そんな私だが、
靴箱に手紙が入っていたことや、請われて後輩と交換日記をしたことがある。
今から思えば、それはある種欲求のはけ口だった気もするし、
女ばかりだと、少しばかり変わっていたりボーイッシュだったりすると
もうそれだけで、憧れの対象に成り得てしまい
その延長の淡い疑似恋愛的感情があっても、それは自然な流れだった気がする。
むしろ男らしさや女らしさを強調されると、とたんに嫌悪感を催してしまう
そんな空気さえあった。

でもそこまでだった。
そのこと自体は、思春期の女の子の成長過程に過ぎない。

現代においてはタブーではなくなりつつあるとはいえ、
私には実際のところ、同性間の恋愛についてはよくわからない・・・・・・・・。



ーキャロルー
2016年アメリカ
監督トッド・ヘインズ

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少し前に観にいった話題作である。
私の場合、ルーニー・マーラー目当てでもあった。
彼女については、「ドラゴン・タトゥの女」で見て以来ファンになった。
スウェーデン版もCSチャンネルで見たが、
私にとってはリスベット役は彼女以外に考えられない・・・・・。
それほどまでに、あのセンシティヴで抱きしめたくなるような容姿や表情
そして少年の様なまなざしに惹かれた。

そして映画「キャロル」でも彼女のその繊細な魅力は
この切なくも美しいラブストーリーに、硬質な輝きを放っていた・・・・。




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二人の女が初めて出会うのは、1950年代のクリスマス商戦で賑わう
マンハッタンの高級デパートのおもちゃ売り場だ。

劇中におけるケイト・ブランシェット演じるキャロルに
華やかな美貌というものは感じられなかったが、
満たされない、愛に飢えた哀しい女が持つ不思議な磁力のような気配が
一目でブルジョアとわかるゴージャスなそのいでたちに、さらに奇妙な光を与えて
彼女の周りをぼんやりと鈍く浮かび上がらせている・・・・そんな印象だった。

謎めいた美しさで、ひときわ目立つキャロルの姿に
恋人がいながら、同じようにどこか満たされない思いでいた
ルーニー・マーラー演じるテレーズは
思わずじっと彼女を見つめてしまうのだった。



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アメリカといえども、同性愛など精神障害
もしくは社会的に異常者として扱われた時代だ。
男性なら職を奪われ、女性であっても精神病院に送られたり
治療を義務付けられた。

もしも・・・・・。
お飾りとしてだけでなく、心底夫から愛されていたのなら
夫が家庭をもっと顧みるような男だったなら
キャロルは幸せな主婦として安穏に暮したのだろうか。
そしてまたキャロルと出会わなくても、テレーズは果たして
写真家になる夢をかなえることができたのだろうか。




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テレーズはキャロルからの食事の誘いにも、断らずに出掛けて行く。
シーンごとに交わされる二人の視線のなかにあるのは
あの愛に飢えた哀しい女だけが持つ不思議な磁力のような気配だ。
そして私達観客は、彼女たちの行く末がなんであるかを
否応なく知らされてしまうのだ。

キャロルがテレーズを
ニューヨーク郊外の幼い娘と暮らすその家に招待した日
予告なく突如別居中の夫がやってきて
口論の末に、彼は娘を強引に連れて帰ってしまう。
結局、テレーズは失意の冷めやらぬキャロルの運転する車で
駅まで送られて帰ることになるのだが。

列車の座席に座ったとたん、その愛らしくピュアな横顔がゆがみ
溢れる涙に堪え切れず静かな嗚咽をもらすテレーズ。
このシーンがとても印象的だった。

その時彼女の胸中にこみあげる思いはなんだったのか。
同情?憐憫?愛?まだ説明のつかない感情?



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まだ公開中である。
是非、ご興味が沸いたならご覧いただければと思う。


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音楽も良かった。

劇中、スタンダードジャズ、「Easy・Riving」を
テレーズがピアノでポロリと弾くシーンがある。
この曲はビリー・ホリディが歌ったものが最初だが、その後
インスツルメンタルでも、ヴォーカルでも名だたるミュージシャンがカバーしている。

「あなたのために生きて行く、人生を捧げるのに悔いはないわ」
といった内容の歌詞だが、I’m easyというのは
君の決定に従うよ。いかようにでもしてくださいという意味がある。

しゃれた音で始まる導入部も素敵なのでご紹介したい。
雰囲気のあるノラ・ジョーンズの歌で。


「Easy・Riving」
1937年(Leo Robin/Ralph Rainger)

Living for you is easy living
it’s easy to live when you’re in love ・・・・。







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by marucox0326 | 2016-03-05 08:00 | スクリーンの向こうに | Comments(8)

機内でもイギリス映画に堪能♪

帰りの機内では映画を3本も見た。

往路では、日本語字幕で見たいのがなくて
仕方なく英語字幕でフランス映画を見たら、
拷問級のストレスに見舞われて結局撃沈。
イギリス入りする前から言葉の壁に
ゴンゴン頭をぶつけていた私。

しかし、帰りの機内では、日本語字幕もしくは
日本語吹き替えで興味をひくものが何本かあった。
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なかでも
トーマス・ハーディ原作、2015年製作のイギリス映画
「遥か群集を離れて」は見応えのある、大河ロマンドラマだった。
こういうタイプの映画は好きだ。






物語は、19世紀のイギリス。
男性に依存したり結婚によってしか、生計を維持する術のなかった
当時のイギリス人女性の中にあって、叔父から相続した農場を
切り盛りし、またその美貌で三人の異なるタイプの男性との
愛に翻弄されながら、ついには真の愛に辿りつく
美しき農場経営者バスシェイバの物語。
ヒロインをキャリー・マリガン、
最後に結ばれる羊飼いの男性ガブリエルをマティアス・スーナールツが
演じているのだが、彼が最高に素敵なのだ。
素朴ななかに、逞しさと繊細さと優しさをたたえたその表情・・・・・・。
もうすっかり彼の魅力にうっとりと浸ってしまった私。

そのマティアス・スーナールツ
最新作「ヴェルサイユの宮廷庭師」では
ケイト・ウィンスレットと共演。
予告編を見たが、K・ウィンスレット益々の貫禄である。
ただ太めなだけではなく、顔立ちや雰囲気も含めて・・・・
う~~んごっつあんデス。
彼とのラブストーリーもあるようだが、
いくらコスチュームプレイとはいえ、ちょっとなあ~

長身で肉体派の彼と並んでも、ガタイでは勝ってるね。

一方のキャリー・マリガン
親しみやすい風貌と確かな演技力で
英国女優の有望株といわれている彼女。

私の中では最近CSチャンネルで観た、「17歳の肖像」の
みずみずしく鮮烈な印象がまだ記憶に新しい。
「17歳~」でも、作品の中でどんどんキレイになっていった彼女だが
この「遥か~」では、男を虜にする美貌と言うより
きっぱりとした清潔感があって、笑うと少し子供っぽくて
純粋さと可憐さが滲み出ている反面、男たちに伍して経営者として渡り合う強さと
男性が支えずにはいられない危うさが共存していて、好ましく感情移入しやすかった。


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前稿では、くら~い内容ばかりご紹介したT・ハーディ作品だが、
この「遥か群集を離れて」(原題)Far from the Madding Crowdは
色々あった末に二人が結ばれるという
ハッピーエンドなので、カタルシス効果もありお薦めである。


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by marucox0326 | 2015-11-10 18:00 | スクリーンの向こうに | Comments(4)

照る日もあれば曇る日も・・・。そんな日々の戯言です。


by marucox