Mother’s Day

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久しぶりにこんなの作った。

今じゃ、イタリアンレストランではボロネーゼなんて言って
より本格的なものが供されたリするけれど。
ここはやはり「スパゲッティ・ミートソース」と言った方が、私にはなじみ深い。
何故なら少なくとも私にとっては、これはイタリアンではなく家庭料理の一つだからだ。
恥ずかしながら以前にはこんな思い出も記事にしている。→☆




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こうしてみると、主婦の一人ランチとしては中々に豪華かも。
サラダもスープもないけどね。

ミートソーススパゲティ。
作るのは比較的簡単だし、冷凍保存が出来るので
私も息子たちがいるころは一度に沢山作って重宝した。
彼らにとっては懐かしい「おふくろの味」らしい。

お店で注文すると、以前はパセリのみじん切りがパラリとかかっていたものだけど
今って、あんまり見ない気がする。我が家もパルメザンチーズはかけるが
パセリって最近使わないなあ・・・・。


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食べるものには往々にして母親との思い出がついて回る。
「おふくろの味」は人それぞれ、忙しいお母さんを持った子供には
出来合いのコロッケや、インスタントラーメンだって
立派な「おふくろの味」かもしれない。

そして、世の中に子供を持たない人はいても
母親のいない人はいない。でも母親を知らない人はいる。
従って「おふくろの味」を知らないで育った人もいるのだ。




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それは私が女子高に入学して間もない5月初め
古文の授業中の出来事だった。

先生は女性で、宿題をやってこなかった一人の女生徒に
提出日まで3日も猶予があったのに、
やるべきこともしないでいったい他に何をやっていたのかと
厳しく理由を問いただしていた。
すると彼女は平然とこう言ったのだ。

「ずっとお経をあげてました」

私達も一瞬びっくりしたが、先生は虚を突かれてしばし絶句し
「もうよろしい」と言ってそのまま何事もなく授業は進められた。
授業が終わってすぐ、本当にお経をあげていたの?と早速誰かが彼女に聞いた。
こういう行動を衒いなく即座に取れる人間はどこにでも必ずいる。
すると彼女は、これまた平然と言ってのけた。

「嘘に決まってるやん」

彼女の家がお寺だったのかどうかは知らない。
私とは特別に親しいというわけでもなかったけれど
彼女は成績も良く活発なごく普通の女子生徒だった。

ただ昼食の時間には、彼女はいつも
校内食堂か売店でパンを買っていた生徒の一人だった。
でもそんな生徒は別段珍しいわけでもなく、
逆にお弁当派の私たちは、食堂派の友人たちが羨ましくて
教室でお弁当を食べた後も、友人に会いに校内食堂に行き、
キャーキャー笑いながら彼女らの蒸しパンをかじったり
罰ゲームと称してラーメンの残りに牛乳を入れて、
姦しく騒いだりしていた。

それは女子ばかりだから出来たわいのない遊びだった。



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その後・・・・・
何の授業だったか、どんな先生だったのかは全く思い出せないのだが
多分母の日の数日前だったと思う。

「母の日」の由来について先生が話をされたのだった。
アメリカ南北戦争時に、アンナ・ジャービスという女性が亡き母を追悼する意味で
白いカーネーションを手向けたエピソードだったと思う。
(詳しくはここ→☆

そして皆さんも今度の日曜日には、
お母さんにカーネーションを一輪でいいから送りましょうと
先生が話されたすぐあと、突然例の彼女が質問の挙手をし
許可をもらうと言ったのだった。

「それって法律で決まっていることなんですか」



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彼女が・・・・・・
お母さんがいない父一人娘一人の暮らしだいうことを
私が知ったのはそれからずっと後になってからだった。













































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Commented by 40ansparis at 2018-05-12 16:21
ありますよね、、、同じ様な事、私もありました。まだ中学生でした。
小さな頃、まだ高校生くらいでも、その頃は両親が揃っている身には当たり前な事で、無神経に発言したり話しかけたりして今になって恥ずかしい事、あります。
両親が離婚した子へも、周りの子たちが何故XXちゃんは苗字が変わったの?だの、、小さい時は残酷なシーンが必ずありますよね。
母の味は、、私はまず"母の"卵焼きですね。少し甘くて、、その絶妙な甘さは何度試しても、何かが違う、、。
日本のご飯ってやっぱりいいですね。
Commented by marucox0326 at 2018-05-12 17:31
> 40ansparisさん
こんにちわ。

ラパンさんも色々思い出されることがおありでしたか。

この前も友人と話したのですが、私が小学生の頃は母の日の前日に
学校で赤いカーネーションが、そして母親のいない子供には
白いカーネーションが配られました。今では考えられないでしょう?
当時幼かった私でしたが、何だか説明の出来ない変な気持ちでした。
白いカーネーションをもらった子はどんな気持ちだっただろうと今も思います。

記事にあるエピソードはいつまでも忘れられない記憶です。
「お経を読んでました」と言った彼女は一体どんな少女だったのか、
もう50年近くも前の出来事なのに、鮮烈な記憶なんです。
Commented by blackfacesheep2 at 2018-05-12 22:54
うちは母親が早々と父と離婚したので、母子家庭でした。^^
私を筆頭に3人兄弟を育てるために、母は仕事中心でしたね。
幸い、祖母が一緒だったので、食事は手抜きになることはありませんでした。
また母も料理は大好きだったので、時間があるときにはいろいろ作ってくれましたよ。
シンプルで美味しい料理を発明する才能に恵まれていたようでして、当時から電子レンジを活用してました。^^
たまちん・・・タマネギを八等分に切り目を入れて、マヨネーズをそこに入れて電子レンジで調理するものです。
なすちん・・・なすを1cmぐらいにスライスして水にさらし、耐熱皿に並べてマヨネーズと鰹節をかけて電子レンジでチン♪
こういう料理と言うのかなんというのかよくわからない調理方法は、いまだに覚えてます。
Commented by mikko3050_f91 at 2018-05-13 08:11
おはようございます。

女学生の頃のmarucoxさんとその彼女が目に浮かびました。
小学生の時、近所の花屋に母の日のプレゼントのカーネーションをひとりで買いに行った事がありました。色とりどりの中から数本選んで白も手にしようとしたらお店の人に「白はお母さんが死んじゃった人のっ」とピシッと言われて、ビックリした事がありました。
小学生の私は白のカーネーションの意味を知らなかったんです。
今でもあの時のチリチリパーマのメガネをかけたお店の人の顔がはっきり思い出せます。
そう言えば白いカーネーション。最近は見かけませんね。

ミートソーススパ。すごく美味しそうです。♪
Commented by marucox0326 at 2018-05-13 09:43
> blackfacesheep2さん
おはようございます。

そうでしたか。
貴重なお話をありがとうございます。
でもおばあさまとお母様が愛情一杯に、黒顔羊さん達に
接しておられた様子が目に見えるようです
「たまちん」「なすちん」シンプルで美味しそう。
マヨネーズって万能だなあ^^
Commented by marucox0326 at 2018-05-13 09:56
> mikko3050_f91さん
こんにちわ。

そうですね。多感なころはそういう出来事は衝撃的で
しっかり覚えているものですよね。
今は白いカーネーションで区別されたりすることはなくなったようですョ。

彼女の態度は、当時大人に反発しながらも逆らえず、不良になる勇気もなく
心の中のモヤモヤを抱え込みながら通学していた私には衝撃的でした。
「お経を読んでいた」などというのは事実でなかったにしても
そんな言い訳自体どこから考え付いたのか。もしくはお母さんの命日か何かで
本当にお経を読んでいたけど、聞かれた友人には心の中を覗き込まれたくなくて
嘘ぶいたのか。確かめるすべはありません。でも彼女の世の中や大人への
静かな反発と哀しみを今も時々思い出すのです。
Commented by tad64 at 2018-05-13 12:40
私の母親は昔の人だったのと親父の商売を家族ぐるみで手伝っており、家事をする時間がほとんど無かったのです。
ですからパスタなんて料理は一度も食べさせてもたったことがありません。
でも端午の祝いには夜なべして鯖寿司を何本も作ってくれ、その美味しかった事は今尚残っています。
この事を書いていると母の思い出が色々甦ってきます。あの世で親父と楽しく暮らしているだろうか?
Commented by marucox0326 at 2018-05-13 15:01
> tad64さん
こんにちわ。

うちも商売をしていたので、あまりハイカラなものは出てきませんでしたョ^^
誕生日やお節句だからと特別なこともありませんでした。
だからこそ、新幹線の食堂車で食べたミートソースの美味しさに
私がねだって作ってもらっていたんですが、それすら今のものとはずいぶん違いました^^
でも子供にはごちそうでした^^

お節句に鯖寿司何本もだなんて凄いじゃないですか。
私バッテラ大好物なんです♪
やっぱり土地柄でしょうか、西宮のサラリーマン家庭に育った夫はその点
シチューやお誕生会を(決して裕福ではありませんでしたが)
してもらっていたようです。

私も、長らくの闘病の末父を20代そこそこで亡くしましたが
その間の暗い家の中の数年間を、時々思っては
怖かった父を懐かしむことがあります。

ご両親様はきっと天国で仲良くtadさんを見守っておられることと思います^^
ステキな思い出をありがとうございました。
Commented by katananke05 at 2018-05-13 21:49 x
[お経を読んでいました」
そのお友達の [反発と かなしみ」が
しみじみ 思われます〜
小説のような 思い出ですね〜

修学旅行に見送りにきた 親友の おかあさんをみて 友達が
「おかあさん すぐ判ったよ〜 あなたにそっくりね」と
言われた親友は 実は その方は2度目のお母さんで、、
あいまいに うなずいていた 親友でしたが ふたりは
とても仲良い すてきな親子関係だったから わたしは
仲良かったら 顔も似てくるのかな、、と 思った物でしたよ〜

わたしの 母は、、 お彼岸に おはぎを必ずつくってくれましたが
それは とてもおいしかった、、
いまのわたしは 買ってくrだけですがね〜
Commented by marucox0326 at 2018-05-13 23:12
> katananke05さん
こんばんわ。
そうですね。
実際のところはわかりませんし、案外彼女に
そこまでのものはなかったのかもしれないけれど
思春期から成人するまでっていろいろありますよね。
修学旅行の時のお友達の発言も、知らずに言われたことなのだから
他意はないですものね。

おはぎ・・・・・昔は家で拵えたものでした。
やはり手作りは美味しいですよね。
関西では青のりをまぶしたものがありますが、こちらでは見かけず^^
あんこの黒、黄色の黄な粉そして緑の青のり、彩りが綺麗であれも好きでした。
Commented by cafe-moco-cafe at 2018-05-15 01:02
marucoxさん(*´∀`)♪

ガラスのように壊れやすいのに ナイフのごときに大人に向かう彼女。『法律で決まっているのですか?』
挑戦的で的を得てる質問。
大人なんて、長く生き過ぎて忘れちゃったんだろう、大事なこと…。
高校生、それは複雑なお年頃。
ふざけるな!と叫びたいけれど叫ぶことが許されず
悶々としていました。
今はどうしているんでしょうね、彼女…。
モコ
Commented by marucox0326 at 2018-05-15 09:13
> cafe-moco-cafeさん

こんにちわ。

女子ばかり一クラス50人近くいると
個性的な子も一杯いました。
思春期の多感な時期に影響を受けた友人も。

素直に大人の言うことを受けいれられず、親に反抗したり
そんなことは誰しもあるとは思うけど、彼女の静かな抵抗
だったのかなあ。
Commented by nyarcil at 2018-05-22 10:56
marucox様
遅レスですみません。
ここのリンクたどって見た先の、ホタテとキウイのわさびドレッシング掛けをこの週末に作って相方に出したら、相方が美味しい!と喜んでいました。
教えていただきありがとうございました。
Commented by marucox0326 at 2018-05-22 19:55
nyacilさん、こんにちわ。
いえいえ過去ログへのコメントありがとうございます。

まあ、ご主人さまが?
それは良かった。
料理というほどのものでもありませんが
わざわざありがとうございます😊

美味しいワインがあるとなお良しですね👌
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by marucox0326 | 2018-05-12 15:38 | 話の小部屋 | Comments(14)

照る日もあれば曇る日も・・・。そんな日々の戯言です。


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