王道観光を行く ー親子旅 in The U.S.#12-

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いよいよニューヨーク最終日。
やはりこのお方に会いに行かずして帰るわけにはいかない。

1886年アメリカ合衆国独立100周年を祝して
フランスから贈られたという「自由の女神」像。
設計者はフレディク・バルドルディと
エッフェル塔を作ったことで知られるギュスターブ・エッフェル。
とにかく眼前で見るとその大きさに圧倒される。



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3年後の1889年にはフランス独立100周年を記念して
パリに住むアメリカ人により「返礼」としてセーヌ河畔にも建てられているが、
実は「自由の女神」の銅像はこの二つだけではない。
ラスベガスにも、パリのリュクサンブール公園にも
(フランス国内にはほかにも小さいものが点在しているらしい)
東京のお台場にも、そして日本には函館市、石巻市、青森県おいらせ町にも
「自由の女神」のレプリカがあるのだそうだ。

いやあ、お台場の女神さまにはよく会いに行ったけれど
日本に4体もの女神さまがおいでになったとは正直知らなんだ。



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像のあるリバティ島へはフェリーでしか行くことができない。

マンハッタン南端のバッテリー公園近くにある乗船場には沢山の人が。
最近観光でも人気のエリアであるスタテンアイランドに住む人たちも
こちらのフェリーを使用して行き来しているらしい。



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世界遺産でもある本家本元の女神様は
ひときわ威風堂々と、近づく我々を見下ろしていた。

それにしてもパリからこの巨大な像をどうやって運んだのか・・・・・
なんと214個にも分解されて、フランス海軍の軍用船でニューヨーク港に運んだらしい。
1886年というと日本では明治19年。
内閣制度が発足して初代内閣総理大臣に伊藤博文が就任後、一年たったころだ。

映画にも何度も登場した女神様。
私にとって最も印象的なのは、
何と言っても中学生の時に見た「猿の惑星」の衝撃的なラストだ。
当時12歳の少女にも、その意味するところは強烈なインパクトを残した。

「自由の女神」といえばニューヨーク
彼女は今もこの大都会にとってシンボリックな存在であり続けている。

映画の方の続編はどれもつまらなかったが。



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この日もとっても寒く、風が強くて参った。
コートやダウンジャケットを着こんでいる人もいたくらい。



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島からのロケーションも素晴らしい。

圧巻の高層ビル群をこの距離から眺めると
ニューヨークのど真ん中では味わえない
大都会マンハッタンの魅力に浸ることができる。



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でも長居をするには少々寒すぎるお天気だった。

ポカポカ陽気なら、きっと屋台やちょっとしたパフォーマンスも
行われていたかもしれないのに・・・。
幌で囲われ、ロープでぐるぐる巻きにされた屋台が
空しく放置されているのを横目に船着き場に向かう。

そういえばニューヨーク名物の屋台。
市内でも飲み物ぐらいしか買わなかったなあ。



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船の中で、日本人のファミリーに写真を撮ってほしいとお願いされて
渡されたカメラを向ける。
お洒落な身なりの若夫婦はやや興奮気味だった。
5歳くらいの男の子は寒くてぐずっていたけど・・・・。



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船を下りて、次はワールドトレードセンター跡地へ。





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グラウンド・ゼロ



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鎮魂と追悼の場所。





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ここからはブルックリンを目指す。
朝早く出てもこの時すでにお昼前。
ツレは徒歩でブルックリン橋を渡りたかったみたいだけれど
渡り切るのに30分かかると聞いて却下。
地下鉄を乗り継いで行くことにした。


でも
ランチはダンボ地区のあのお店でハンバーガーと決めている。
いざ!ブルックリンへ・・・・・





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# by marucox0326 | 2017-06-20 14:13 | お出かけ | Comments(12)

照る日もあれば曇る日も・・・。そんな日々の戯言です。


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