「ほっ」と。キャンペーン

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優しく歌って♪

年齢とともに抱え込むことは増え、
何だか気合いが入らず、
気持ちがシケ込んでいるときに
思いがけず舞い込んだ
一葉の友人からの便り
それは何よりのビタミン剤になった。

ワープロではない手書きの文字を目にすれば
懐かしいその人の面ざしが瞬時によみがえる。
例の無防備な、慣れ親しんだ笑顔が浮かぶ。

だが必死に手繰り寄せる彼女との記憶はとぎれとぎれだ。
やがて自分勝手に頭を巡らす思いのせいで
かつて彼女と私の間に起こった小さな誤解までも
いまやすっかり忘れて、甘やかな美しい思い出に
塗り替えてしまっているような気がしなくもない。
でもそれでいい。いまはそのほうが私には必要なこと。




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窓の外の木々は葉を落とし
鉛色の空が垂れこめている。
だからせめて
書かれた文字の心地よい言葉の響きだけは
突然窓から迷い込んだ小鳥の歌声のように
軽やかに優しく、私を慰めてくれなければならないのだ。

かさついた心に落とされた
ありふれた言の葉の一滴一滴が
輪染みとなって広がり
その温かな湿り気で心が満たされていく。
ああ、鼻の奥がつーんと痛い。


さて、もしかして
同じような症状に陥ってしまっている
PCをご覧の皆さまには
このスタンダードナンバーで、心癒していただきたい。
初めて聞いたティーンエイジャーのころ
「優しく殺して」ってなんと物騒な!と思ったものだ。

ー彼の歌で私はそっと殺されてしまいそうー
ー彼の言葉が私の人生すべてを歌っているのー
とサビが繰り返される。
一曲の歌がそんなにも切なく胸に迫るなんて
壮絶な恋を経験したものでなければ分からない心情
であるということを歌っているのだろうが・・・・・・。
当時の青い私には
んなもんわかるか!!ってなわけで。

いや今ならわかる!と言えれば
まことに結構な次第であるが
残念ながら自信はない。





















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by marucox0326 | 2014-11-21 20:06 | sing!sing!sing! | Comments(14)

素晴らしき哉、音楽のある人生♪

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アップルパイって大好き。
これはリンゴの形も可愛いビゴさんのもの。

なんだかうっとおしいお天気が続きうんざり。

昨日はヤ○ハの発表会。
楽器組(サックス、ピアノ、フルート、トランペット、アコーディオン)
に交じって、ボーカルクラスからも5名が参加。
私は2曲
「EAST OF THE SUN」 「ALFIE」の2曲を歌わせていただいた。
終わってからも私たち5人は、先生や司会のFM愛知のパーソナリティの方と
写真を撮りあったりして楽しかった。
(何度も司会をしていただいているのでちょこっと顔なじみ^^)

今回、楽器演奏のソロの方々との合同ステージということで
参加が初めての方が多く、「緊張しました」という感想が目立ったが
大人の方(つまり中高年世代デスヨ)が多く、
一番人数が多かったサックス演者の最高齢の方は、85歳のオジサマ。
座っての演奏だったが、ジャズをかっこよく吹いて、喝采を浴びてらっしゃった。

ー本当は立って吹きたいが、手が震えて「スターダスト」(ジャズのスタンダード曲)
のスターが消えて、ダスト(ほこり、ちりの意)だけになってしまうのでー

などとユーモアを交えた演奏後の感想も粋でおしゃれで、素敵な方だった。

参加者は5歳の可愛いトランペッターが最年少、
20代、30代より40代から80代まで幅広く
どなたも皆さん意欲的で、私自身とても刺激を受けた。

音楽には国境も年齢もない。
そして音楽ってホントに素晴らしい!!

そんなことを再認識させられた一日だった♪





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実は私は風邪をひいてしまい、
数日はせきと鼻水が止まらず・・・・。
当日、なんとか歌える状態に。

風邪気味のオンナの声は艶っぽいなんていうけれど・・・・。
ムフッ
どやったかな~(爆)







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by marucox0326 | 2014-11-17 17:43 | 日々の出来事 | Comments(8)

串焼きの夜は更けて

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夫婦二人で、三人の高齢者を順番に見舞っての帰路である。
私は幾度か行っているが、ツレアイは初めての
大阪グランフロントにふたりで寄った。
あれこれ見て回り、ちょっと買い物もして
夕食もここで済ませようということになった。
ダメ元で、急に電話で予約を入れたにもかかわらずOKのお返事。
カウンター8席ほどのこちらのお店、幸運にもすぐに食べることが出来た。




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牛カルビ。
美味しかったせいでお写真は一部しかない。
ちらちら写っているのは連れ合いの指
お見苦しいのはご勘弁を。





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大阪は蛸が美味しい。

明石のタコが有名だが
思うに調理法が優秀なのではあるまいか。
食べ方にうるさい店主のいる、某有名おでん店の蛸は
私が若いころ、知るひとぞ知る、知らない人は全く知らない妙味
と聞いたものだが、(もちろん私も全く知らないまま、今に至っている)
ここも絶品の味。とろける美味しさだった。





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ぎんなん。
御堂筋のイチョウ並木の下から拾ってきたんかな~






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これ、小さくコロッケのたねをベーコンで巻いたもの。
上下にパン粉をつけ、鉄板に押しつけて焼いてあるようだ。
ちょっと庶民的な風味。




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アスパラガス。
〆は赤だしのついたおじゃこご飯を頼み
小さなデザートも付いたコースが終了。

串カツは量が食べられないので
最近は敬遠気味だが、こちらは胃もたれもせず
若い店主も感じがよくて、また行きたいお店となった。

「お客さん、ホントにラッキーでしたね。
めったにありませんよ、こんなことは。込む時間なんでね。」
確かに
週末の夜、場所は大阪グランフロントである。
「今から言って食事できますか」そんな電話に
満席、満室で断られるのは覚悟の上だった。
しかも初めてのお店で味も合格点だなんてことも
滅多にあることではない。
調べに調べて意気揚々と乗り込んだレストランで
手酷い目にあった経験(早い話ぼったくり)ならあるけれど。

実は、その日は肺炎で入院していた義父が退院し
戻れない可能性が高かったホームに戻った日でもあった。
バタバタしたあれこれが終わったあと
ガス抜きの意味もあって、二人で夕食を食べて帰ろうと
いうことになったのである。


ひょっとしたら、神様の気まぐれな計らいだったのかも
と思うのは大げさだろうか。









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by marucox0326 | 2014-11-15 18:00 | 日々の出来事 | Comments(8)

お固いのはお好き?

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ご存じ「スープストック東京」の定番
「東京ボルシチ」
いろいろ試してみたけれど
結局ここに落ち着く。
白っぽいのはなんだっけ?
忘れてしまった。

主要な駅や商業施設には、
必ずと言っていいほどあるこちらのお店は
一人でも気軽に入れるうえ
ご飯もパンも選べて利用しやすい。
が・・・・・いかんせん、お米の炊き具合が固い。

白いご飯の炊き加減。
各々好みがわかれるところだろうが
私はやや、やわらかめが好きである。

「いやあ噛めば噛むほどにお米の味わいは出るものだ。
しかもしっかり噛むことは健康によろしい・・・・・。」
固い銀シャリ推進派からお叱りを受けそうな私だが、
つんつん粒が立ったようなのは苦手。
お茶碗によそうとしっとりした見た目
口に含むとふにゃりとした触感が好きなんだからしかたがない。
さらに人間がヤワにできているせいだろうと言われれば返す言葉はない。


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ー粕汁ー
我が家の冬の定番。
寒い時期は鍋物に並んで、具だくさんの汁物は
調理も簡単、おかずにもなり体も温ったまる。
トン汁、のっぺい汁、けんちん汁、芋煮(山形県の郷土料理)etc。
家庭でもそれぞれに人気メニューがあるはず。

鮭とかブリなどの魚の脂の乗った部分で出汁をとると
(うちではかつおだしをベースにして、魚と野菜を入れている)
酒粕が臭みを消して、風味をさらに加えてくれる。
野菜は大根とにんじん、さらにこんにゃくと油揚げを入れるが
特に大根のせんぎりは大量に投入する。
甘みが出て滋味豊かな冬の味わいとなる。

お酒は飲めないけど、何杯か食べても酔っぱらわないから
実はイケるくちなのかも・・・・。



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ーブロッコリーの茎の部分とエビを
マヨネーズで和えたサラダ、トマト添えー
茹でた茎がシャキシャキするくらいが美味しい。
主婦たるもの、食材は無駄にしない。





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ー豚肉とセロリの葉っぱのパスタと
蟹とレタス、セロリの茎の部分のサラダ、トマト添えー

パンや麺類が並ぶこともある毎日の食卓。
そう、セロリは葉っぱももちろん捨てない。
主婦たるもの無駄に多いのは口数だけである。
しかしながらこちら、セロリ嫌いの方にはお薦めしない。
何故なら、そんな御仁はしっぽを巻いて逃げだしそうなくらい
セロリの香りが立ち上ってくるからである。
とはいえこれがまたこんがりソテーした豚肉との相性が抜群なのだ。

でもやっぱり白いご飯ってどんな料理にも合うし、
私たちお米を食べない生活は考えられない。

だが中高年夫婦二人の我が家では、3合のご飯は一回の食事では食べきれず、
土鍋で少しずつ炊けばおいしいが、やはり簡単便利に炊飯器に頼ることが多い。
ゆえに炊飯するのは3日か4日に一回の我が家。
当然余ったものは冷凍パックということにあいなるわけで、
冷凍庫にはラップに包まれた白飯のパックがいくつも並んでいる。
そのままの状態で保存するより、粗熱がとれた時点でラップにくるむので
ご承知の方も少なくないと思うが、レンジで解凍すればこれで十分美味しいのである。

今の時期新米が出回り、いつも以上においしくいただけるご飯。

ある日のこと
炊飯したての炊飯釜にしゃもじを入れた瞬間
ワオっと会心の出来を確認した私だったが
食事の際に発したツレアイの一言に憮然としてしまった。

「このご飯、水加減まちがえた?」

「ええ~~こんなにうまく炊けたのに!
舌も老化したんちゃう?」

あくまで減らずぐちの古女房である。


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言い返せば100倍返しが待っている。

しかしその時の彼は
いつになくしおらしくというか
侘しげにつぶやいた。



「オレ・・・・・・
冷凍ご飯に慣れてしもたんかなあ。」











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by marucox0326 | 2014-11-14 18:38 | 日々の出来事 | Comments(2)

ある風景

たとえば、
ちょっとしたエピソードを語るとき
その語り手は、関西人でないにもかかわらず
ここぞという場面で関西弁をしたり顔で使う。
そしておおよそそういう場合、それは笑わせたい時であったり
ボケてごまかしたいときであったりする。
また、テレビの再現ドラマとかに出てくる登場人物が、
強欲でずうずうしいキャラクターだと、彼もしくは彼女は
なぜか関西弁を操っていたりする。

よく引き合いに出されるところの「大阪のおばちゃん」
そのイメージは、あけっぴろげでおせっかいで世話焼きでずうずうしい。
そんなステレオタイプで語られることに異論はない。
正真正銘の関西のおばちゃんの私(愛知県在住ではあるが)にも
その資質は、たぶんきっと脈々と受け継がれているはずにちがいない。

だから
関西の人は面白いけど、どこか品位に欠ける。
そういった意識って持たれていないか
実はほんの少し気になったりする。

上品な人柄というものが
その人の言葉遣いによる部分が大きいとすれば
アクの強い印象の関西弁と、標準語の山の手言葉では
どうしたって前者のほうが分が悪い。

ただ、
上品な物腰であっても、必ずしも
その人の本質や人柄がともなっているかといえば
それはまた別の問題である気がする。




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その日の夕方も
私は、新大阪駅から新幹線に乗車し、名古屋に向かっていた。
自由席車両の空席はかなり少なく、2座席ある窓際のほうに
70代と思しき品のいいご婦人がすでに座っておられるその隣の通路側に
私は断りを入れて座った。
発車後ほどなくして、前の扉が開いて
カートを押したワゴン販売の男性乗務員がやってきた。
彼女と私がほぼ同時に呼び止めたが、ご婦人が「どうぞお先に」と
言ってくださったので、私はホットコーヒーを注文した。
だがその後あろうことか、私におつりとコーヒーを渡すと
突然彼はそのままガラガラとカートを押し始めたのである。

ワゴン販売でカートを止める際、販売員は通行する人の邪魔にならないよう、
カートを出来るだけ注文した席のほうに寄せて、通路の片側を空けるのだが、
どうも足元に置いた私の荷物が少しはみ出していたようで
カートを寄せることが出来ないために、販売員の彼は仕方なく
私たちの横でなく、少し行った先のほうで待機するつもりだったらしい。
これには気づかなかったとはいえ、はみ出していた「私の荷物」にも一端の責任がある。

「荷物よ、なんでちんまりと中に収まってくれなんだ」(持ち主の心の声)
「責任転嫁もはなはだしい、置いたのはあんたでショ」(荷物の声)





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とにかくいきなり彼がカートとともに行っちゃったものだから
(といっても2列後くらいで止まったのだが)
くだんのご婦人が声を上げた。
「わたくしにもなにか飲み物をくださらないこと?!
行くなら帰りには必ず寄ってくださいなっ!」と小さくはない声で。
構造上、窓際の席に座ったままだと後ろは振り返りにくく
彼女が、カートが行ってしまったと思っても無理はない。
しかしもちろん販売員君が、すぐに彼女の注文を聞きに来たのは言うまでもない。

「温かいお茶くださる?」
「申し訳ありません。温かいのは来月からの販売で、冷たいのしかないんです」
そういって2種類の500mlのペットボトルを差し出す販売員君。

「まあ、仕方ないわねえ・・・じゃあこちらをいただくわ」

販売員君からお金と引き換えにペットボトルを受け取ると
いきなりご婦人がまくしたて始めた。
小さくはない声で・・・・。
「なにこれ!こんな冷たいの!いい加減にしてよっ!
だいたいなんで来月からしかないのっ!
こんなにたっくさんの量で、こんなに冷たいのなんて
飲めるわけないじゃないのよっ!」

「・・・・・申し訳ありません」




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私を挟んでひとしきりやりあった後
カートとともに販売員君は去っていった。
その後もぶつぶつとしばらく文句を言っていた彼女だが
やがてためいきとともにボトルのふたを開けて
お茶を少し飲み、静かになった。

そこでやっと
私も遠慮がちに
熱いコーヒーをすすった。

暖かい飲み物を飲むことに
感じなくてもいいはずの引け目を感じながら。











※お写真は記事とは関係ありません。
大阪グランフロント地下の「ビール博物館」のお写真です。




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by marucox0326 | 2014-11-09 18:00 | 日々の出来事 | Comments(14)

お茶はいかが♪

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昨日は少し汗ばむほどの陽気だったのに、
今日は、降らないまでも空は重く垂れこめたままである。


PCの前で拙記事を、お煎餅でもかじりながら
ご覧いただいているあなた様
紅葉狩りにはもうお出かけになったであろうか?

冒頭と末尾のお写真は去年の岩宿神社に行った際のもの。
今年は美しい木の葉の彩りを愛でる余裕もなく
日々が過ぎていく。


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でも相変わらず、外で一人でお茶を飲む時間は好きだ。
一人ランチをするのにも抵抗はない。
混雑時を避けて、閑散とした店内で
気兼ねなく好きなものをオーダーし
本も読むけれど、時折、耳に飛び込んでくる会話の断片に
思わず「だよなあ~」と相槌を打ちながら、まったりと過ごす。





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角砂糖の売れ行きが低迷しているらしい。
コーヒーはブラックという人が増え
昨今の健康志向も相まって
消費量が落ちているのはわからぬでもない。
かくいう私も甘党なくせに、紅茶もコーヒーも
甘くするのは苦手で、かなり若いころから何も入れない。

角砂糖の正規のキューブのグラムは2g,小粒は1gだそうだ。

いまどきのカフェでは、固められたお砂糖といえば
可愛いいイラストの紙で包装されたものや、
黒糖やきび糖で作られた、形もいびつで
茶色かったり、象牙色をしたおしゃれなものが
添えられていることが多く、昔ながらの角砂糖そのものを
見かけることは少なくなった。
そして私ぐらいの年代にとっても、
ノスタルジーに浸れる遺物になりつつある角砂糖。
それはどちらかといえばお店などでなく
子供のころお呼ばれで伺ったお宅で
紅茶に添えられているイメージ。

そんなお茶の時間
なんだか特別な感じがしたものだ。

あの真っ白で、正確な立方体をしていて
ちょっとのことでは決して崩れない律儀なやつ。
お行儀よくスプーンに二つ乗っけられたそれを
紅茶にいれて、静かにかき回す・・・・・・
その行為そのものがとても改まっていて、
なんだか非日常的で、小公女にでもなった気分がした。


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昭和の雰囲気が色濃く残るような喫茶店。
男女が向き合って座っている。
テーブルにはティーカップが二つ。

角砂糖の入った小さなガラスの容れ物も・・・・。

女性は、その容れ物を引き寄せて
恥じらいながら「おいくつ?」と尋ね
男性が「35です」と答える。

なあんてベタなコントを思い出した。
















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by marucox0326 | 2014-11-08 16:50 | 話の小部屋 | Comments(8)

ニューヨーク遥かに


「ニューヨーク遥かに」は
昨年亡くなられた常盤新平氏の人となりが
色濃くにじみ出ている自伝的小説のタイトルである。


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ここのところ、
常盤氏の著作を何冊か立て続けに読んだ。
しかし彼の直木賞受賞作「遠いアメリカ」は未読である。
むしろ私は晩年の彼の、色々な雑誌や広報誌などに寄稿された
さしてどうということもない、
いささか偏屈な爺やのつぶやきのような文章が
味わいがあって好きだ。

東京の下町の様子、お気に入りの食堂や食べ物などが、
奥様やお嬢様とのたわいない日常の中に
ときにぐち臭い面も見せながら語られていく。
街の通りを散歩して見つけた喫茶店が
やがてお気に入りの、必ず立ち寄る場所となり
有名どころの高級な懐石料理より、
庶民のご馳走といった食事を好んだ彼。
それはたとえば、天丼であったり、蕎麦であったり
トンカツであったりする。
巡る季節に思いを馳せ、忍び寄る老いへの不安も滲ませて
語られる日々の暮らし・・・・・
今の私にとっては、どれもしみじみと心に沁みる。

「東京の片隅」はそんなつれづれを集めて一冊にした
軽い読み物で、ティータイムに相応しい。




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さて、読み終わって本から顔をあげ
すでに夕闇の迫った窓の外を眺めていると
私が最初に常盤新平という人を知ったのは
「ああ、あの本だった・・・・。」という思いに至る。

その一冊とは
私が20代の初めに、何の予備知識もなく
偶然手にした「ニューヨーカー短編集 1」。

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この本は、都会的で洗練を極めたアメリカの雑誌「ニューヨーカー」に
掲載された短編を集めたアンソロジーで、全三巻ある。
その第一巻の巻頭を飾ったのが
アーウィン・ショ―作、常盤新平訳「夏服を着た女たち」だ。

ここはニューヨーク、五番街
若く美しい妻フランシスは、夫マイケルが通りをゆく女性に見とれているのが
気に入らなくて仕方がない。「首の骨を折ってしまうわよ」
夫に訴えてもつれない返事。
だが、夫は電話をかけに先を行く妻の後ろ姿を見て思う。
「なんてきれいな足なんだ」


ただ内容だけを言ってみれば、もう勝手にしいやってな話。
原文だとさらに、翻訳では感じ取れない
洒脱さと洗練があるのだろう。
常盤さんはこのごく短い一遍に魅せられて
ショーに心酔し、その後も彼の著作を求めて
何度もニューヨークに渡るのである。

そしてこの分厚い一冊におさめられた
不思議な魅力に満ちた短編の数々は
私が今まで読んだ翻訳ものにはない吸引力で
私を捉え、見知らぬ場所へといざなった。
私にとって遠く遥かな夢の国であったアメリカ。
読み進むにつれて、そして初めて聞く通りの名や地名を目で追うにつれて
いつしか私は、1920年30年代の彼の地に時空を超えて降りたち
その片隅をさまよっているのだった。

ソフィティスティケーティッドという言葉を覚えたのも
このころだったような気がする。



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・



「ニューヨーカー短編集」を読んだのを契機に、その後私は
S・フィッツジェラルド(野崎孝訳)「グレート・ギャツビ―」を読んだ。

いまや1920年以降の有名なアメリカの作家の本を探せば
訳者は村上春樹の名前ばかりだが、私は違う訳者による
S・フィッツジェラルドの著作から、彼村上春樹を知ったのである。




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赤茶けた文庫本がいくつか残っていた。
同時代のヘミングウェイも少し読んだ気がするが・・・・。
皮肉と風刺とブラックユーモアに満ちたサキに始まり
サローヤンとかコールドウェルなどに傾倒していった私は
やっぱり変わりものだったのかもしれない・・・・。






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フイッツジェラルドの短編集、「冬の夢」を村上訳で読む。




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ソファに寝転んでのいつものスタイルで。



また時空を超えた旅が始まる。

























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by marucox0326 | 2014-11-04 16:37 | ひとりごと | Comments(6)

照る日もあれば曇る日も・・・。そんな日々の戯言です。


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