カテゴリ:話の小部屋( 33 )

お日様と雨

今日も雨か・・・・と朝起きてげんなり。


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でも優しい雨ならば、この歌を歌ってやり過ごそう。

雨が空から降れば、オモイデは地面にしみこむ
雨がシトシト降れば、オモイデシトシトと滲む。
「雨が空から降れば」
作詞*別役実 作曲*小室等

昔、演劇少女の端くれだった私は新劇の舞台をよく見た。
別役実翻訳のベケットとかも見たなあ、わかりもしないのに。



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黒いコーモリ傘をさして
街を歩けば
あの町は雨の中
この街も雨の中
電信柱もポストもフルサトも雨の中


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昨日も降ったリ止んだり・・・・。

我が家の近く
行きつけの若いご夫婦が営むパン屋さんで
その日は食パンとバゲッドを買った。

レジで対応してくださったご主人は
明日の天気を気にしておられた。

「明日、渓流釣りに子供と行くんで・・・・でもこの天気じゃなあ。
この前も一匹も釣れなくってね。調味料やコンロも(車に)積んで出かけたのに。
子供とカップラーメン食べて帰ってきましたよ。もう明日は絶対に何とかしたい。
雨でも行こうと思ってるんですけどね。」



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昨夜は月も姿を見せてはくれず、
そして今日も、お日様のご機嫌はよろしくない。
厚いグレーの雲のカーテンに身を隠したまま
やがて日も暮れ、もう一日が終わろうとしている。

日本の民話だったか、うろ覚えなのだが
「ネズミの嫁入り」というお話がある。

たいそう美しい娘を持つ父親ネズミは、かねがね娘を
世界で一番偉い人のもとに嫁入りさせたいと願っていた。
そしてそれは「お日様」に違いないと考え、娘を貰ってくださいと頼みに行く。
しかし「お日様」は、雲がやってきたら自分は姿を隠されてしまう。
だから雲にはかなわない、自分よりも雲のほうがよっぽど偉いと言って。。。。。

結末は、ご存知の方も多いと思うので
ネズミ娘が、理不尽な嫁入りを強いられず
至極真っ当な幸せを手にしたとだけ言っておこう。

そんなお話をふと思い出しながら
パン屋の親子を想った。




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釣果はいかに・・・・。

小さな子どもたちは
今日はカップヌードルを食べずに済んだろうか




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しようがない、雨の日はしようがない。
公園のベンチで一人
おさかなをつれば
おさかなもまた・・・・・雨の中。

特にこのフレーズが好き。


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今にも泣きそうな空模様の一日ではあったが
今日はこの地域、取り合えず降られずに済んだ。

でも来週も断続的に雨が降り
当分「お日様」は拝めそうもないらしい。

















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by marucox0326 | 2017-10-14 22:25 | 話の小部屋 | Comments(18)

男が涙する時

坂本九さんは
涙がこぼれないように上を向いて歩こうと歌った。

しかもそれは「一人ぼっちの夜」なのだ。
そんなことをしたところで、溢れだす涙を止めることはできない。
でもそこに、人前では決して見せないけれど
今日ばかりは夜目にまぎれて、人知れず弱り切った自分をさらけだすことに
救いと安らぎを求めて街をさまよう、一人の男の背中を想像していた。

曲調はどこまでも明るく爽やかなだけに
より一層、彼の悲しみの深さが胸に迫る・・・・。
そう、だからこの歌の主人公は男性にほかならぬはず、
少なくとも私はずっとそう思っていた。

だって、女はこんな風には泣かない。

泣きたくなったら、やけ酒かやけ食い
もしくはパアッと散財して思いっきり泣き明かす。
それは一人でとは限らない。
時には友達に聞いてもらいながらだったりもする。
そして派手に泣いた後はケロリとして
何事もなかったかのように振舞える。

違うだろうか。




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「男たるもの人前で泣くもんじゃない」

昔の男性たちが、簡単には泣かないのは
そう母親に躾けられたからという事だけではなく
彼ら、感情をどうやったらうまく吐き出させられるかという術を知らず
むしろどうにかして心の奥に封印してしまう方が楽になってしまったから。
いつのまにかそんな精神構造を植えつけられた生き物だから。

・・・・・昔の女である私は、少し前までそう思っていた。



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しかしながら、時はめぐり
昨今の平成日本男子、よく泣く。

うちの息子たちとて例外ではない。

子供のころから運動に明け暮れていた彼ら、
試合や駅伝大会などで
負けては肩を震わせ、声を押し殺してむせび泣き
勝っては男同士で汗臭い体も厭わず抱き合い、
ウオンウオンと泣き明かしていた事を思い出す。

そして一緒に映画やドキュメンタリーなどを見ている時も
ふと顔を見ると目が赤いのだった。
そう、「涙くんさよなら」ではなく
彼らは「涙」さえ来るもの拒まず受け入れる。

飼い犬が死んだ時も、大学に合格した時も、
そしてなんと自らが新郎として臨む結婚式でも。




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それは5年ほど前に遡る。
長男は27歳で結婚式を挙げた。
女装ダンスあり、凝った楽しい企画が沢山で、
それはそれは温かく笑いに溢れた披露宴で
私たちも大いに楽しませてもらっていたのだが、
そんな風に笑ったり、ふざけあっていた彼らが
後半になるとお酒も回ってきたせいか、なんだか様子がおかしい。
極めつけは新郎新婦制作の彼らの「誕生からの足跡」映像である。
すすり泣く女の子たちに混じって、見渡せば
男の子たちも目を真っ赤に泣き腫らしているのだった。

まあ~みんないい子たちだわ~と胸を熱くしている間もなく
いよいよ恐れていたあの瞬間がついにやってきた。
それは新郎新婦から私達親への花束贈呈と
参列してくださった皆さまへ新郎側がご挨拶をするという
出来得ることならば、即座にその場から逃げ出したいが
そうもいかない披露宴のクライマックス。

私たち4人の親たちは、特に新婦のお父様など
きっと心はドシャ降りの涙雨だったろうと心中お察しするが
皆、複雑な面持ちながらぐっと平静を装っていた。
ツレは、暗記した文章を一言一句間違わずに述べて
日夜練習した成果を果たしたし
新婦は、感謝の手紙をよどみなく読み終えて
私はと言えば、この日のために新調したスワトウ刺繍のハンカチーフを
汚さずに済んだことにホッと胸をなでおろしていたのだった。

さて、最後に新郎の挨拶となったのだが、ここで予期せぬ事態が。
我が息子・・・・涙でしばし言葉に詰まってしまったのである。
気を取り直して話し終えはしたものの、私は虚を突かれそして思い出した。

「近頃は新婦じゃなくて新郎が泣くのよ」

話に聞いてはいたものの、
ああ息子よ、お前もか。
さらにお開きの後、若い男達は互いに感極まって
人目もはばからず「織田信成」化していたのだった。




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以前、近頃の日本の若者は、挨拶代わりにハグすることに何の抵抗もない
という現代事情について書いた。→☆
私としてはそのことをいいとか悪いとかではなく、多少の戸惑いはありながら
日本人も漸く感情表現が素直にできるようになったのだなあという思いを
しみじみと感じたまでのことであった。
人前で涙するという行為も、時と場合によっては
決して情けなく恥ずべきことではないのかもしれない。
感情が昂ってこらえきれず落涙する姿は
男であれ女であれ人間らしくてまことに結構。
私はそんな人が大好きである。

そしてチョー余計なことながら
天を仰いで、溢れる涙が落ちるのを空しく抵抗している男性の姿には
さらにぐっと心を鷲掴みにされてしまったりするのである。





























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by marucox0326 | 2017-10-09 17:34 | 話の小部屋 | Comments(8)

おもしろうてやがて悲しき・・・・。

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平日のお昼時
オフィス街を歩く冴えないアラカン一匹。
この辺りに来るのは久しぶり。
ふと見上げたこの看板に魅かれて階段を上がった。

クラシックな調度と庶民的な雰囲気が
ミックスされた店内はさほど広くなくほぼ満席。
なので全体のお写真は控えたが、
場所柄モーニングやランチメニューもあり
私のお隣のテーブルではミドル世代の主婦三人がお食事中だった。

席がとても接近していたので、聞くつもりはなくとも
彼女たちは時に爆笑、時にしんみり、次第にエスカレートして姦しく、
それが各々の子供たちの話題であるらしいことはすぐにわかった。

受験とか成績とか反抗期とか、そんな言葉が
否応なく耳に入ってくるのだもの。





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遠い昔、10代の息子を持ち日々奮闘していた私もまた
そんな母親だったのかもしれない。
自分自身のことよりも、子供のことが中心に回る毎日を喜んで受け入れて
当の子供以上に勝手に嘆いたり喜んだり、落ち込んだり落ち込んだり・・・・。

うちの息子たちは中高時代
部活のバスケットボールに明け暮れていたので、盆暮れの数日以外は休みなし。
ぼろ雑巾の態で帰宅する毎日で、学業成績は地の底を這うがごとしだった。
あ・優秀な生徒の方々の名誉のために一言。
運動部に在籍する生徒さんの中には、どんなに練習がきつくても
学業、運動能力、人柄、おまけに外見までもすべてに言うことなしという
「才学非凡」「秀外恵中」そんな生徒さんはおられた。
しかしながら、わが子には「トンビはトンビしか産めない」というしかない。
ただ、せめてそういう知己を得たということは
彼らの人生の財産の一つにはなったはずだ。


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一方、10代の男の子を抱える母親ならではの悩みは成績だけではない。
同じ立場の母親たちでしかわかりあえないものがあるからして
教育熱心な親御さんが集まる保護者会は苦手だったが、
たまに誘われれば母親達の集まりに出かけて行くこともあった。

つまりそれは、話題のイタリアンやカジュアルフレンチ
本来は高額だけれどお値打ちランチが評判の割烹での
お気楽な母親の食事会。
思い思いに着飾って華やかに賑々しく
昼間っから豪勢なごはんを食しながら
それぞれにやり場のない鬱憤を吐き出して
しばし溜飲を下げた気分になるという・・・・。

私達の集まりには仕事を抜けて参加してくださる医師の方もいらした。

そして十分過ぎるくらいに食っちゃべったあとは、
夫や子供にデパ地下のお惣菜やら菓子パンやらを買い
スッキリとした気分で帰路に就く。
「自分だけおいしいものを食べちゃったわん」
その『贖罪』として買う『食材』が、コロッケや肉シュウマイ、
アップルデニッシュだなんて安く済ませたもんである。
いやあ、これはあくまで私の場合だが(汗汗)


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とにかくそんな時間は、母親たちにいっときの心の平安をもたらし
これで夕食の後、子供達からどんなに不可解極まる成績表を見せられたとしても
決して「ち・が・う・だろ~っ!!このハゲ~~(いや禿げてないし)」
と喚き散らすことなく「また今度頑張ればいいじゃな~い」
なんて言葉をかけられるに違いないのだった。

ん?そもそもうちの子、そんなもの見せてくれてたっけ?



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息子たちとの日々を振り返ると
何だか可笑しくて何故だか目頭がヤバイことになってきた。
我に返って、トーストとコーヒーをさっさと胃袋に納めると
そそくさと店を出た私。

これから映画館へ行くのだ。
映画や展覧会は一人で行くに限る。
そしてそれはとてもいい後味の映画だったので
またの機会にお話したいと思う。



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平日のレストランはどこも女性客で一杯
もしも、PCの前の善き人であるあなたが足を踏み入れた店内で
ひときわ目立つ賑やかな女性グループに遭遇したとして
彼女らの話題が社会に向けられた高尚なものでないことが
その様子からなんとなく想像できたとしても
それは傍から見れば滑稽に映ることもあるだろうが、
大きなお世話ながらどうか大目に見ていただきたい。

子育ての悩みは深ければ深いほど
子への愛情に比例しているのだから。
そして母親でなくても、くだらない話題こそが
ストレスフルな毎日に精神の安らぎをもたらす
特効薬になることもあるのだから・・・・。























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by marucox0326 | 2017-09-27 18:35 | 話の小部屋 | Comments(6)

彼女はエトワール


飛び込みの選手なんかじゃなくってよっ、失礼な!



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あれはいつだったかしら。
目が覚めたら、周りは見たこともない景色で・・・・。

そこは古物ーアンティークなんて呼ぶらしいけどー
を扱う「お店」の中だったの。

見渡せばカビ臭いビスクドールたちに囲まれて
かつてはオペラ座でも名を馳せたこのアタシが
なんでこんなところにってわが身を呪ったものよ。

最初は毎晩泣いてたわ。
でも、後ろの壁に掛けられた
暗い夜の海のような翼を持つツバメたちのおしゃべりがうるさくて・・・・・
そのうち泣き飽きちゃった。




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ある日、「お店」のマスターが
そう、いつも私のことを気にかけてくれていた優しいマスターが
「ここじゃあ可哀そうだ」って、ひときわ高い棚の上に私を乗せてくれたの。

お隣では、品のいい紳士と素敵なマダムが
ティータイムの最中だったんだけど、私を歓迎してくれたわ。
でも、意地悪な桃色のジャムポットにはじろりと睨まれちゃって。
マダムが言うには、ぷっくりとしたおなかの彼女から見れば
スレンダーな私が妬ましかったんだろうって・・・・。
たぶん、彼女100歳は超えてるわね。



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そのうち美しい声が自慢の、クリーム色の陶器の肌を持つ
レディ・カナリヤが、身の上を聞いてくれるようになって
アタシ達は親友になった。
でも実は彼女の住処が、オレンジ色の柔らかなを光を灯す
素敵なシェードランプの根元だったものだから
ある日どこかの奥さんに気に入られて
ランプごと貰われていってしまったの。

さすがにショックだったわ。
彼女と良い仲だった金の懐中時計が
寂しげにチクチクとつぶやくのを
日がな一日聞いていたものよ。

アタシもいずれ誰かにもらわれる運命にあることはわかってる。
でも高い棚の上からいろんな光景を見降ろす日々は
なかなか捨てたもんじゃなくってサ
おかげで「世の中」ってものがどういうものなのか
ずいぶん教えられた気がするわ。

踊りしか知らない私にとってはね。



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でもね
仲間の誰かが貰われていくのを見るのは辛いし
やっぱり不安なものよ。だってこっちには選ぶ権利はないんだもの。

で、ついにその日がきたわ。

ここのお店のマスターはね、ベルギーびいきなの。
「買い付け」とやらでイギリスによく出かけるけど
Parisには行ったことがないんだって。驚きでしょ?

そしてなんでも、ベルギーではいやな目にあったことがなくて
街も人も一番好きなんだって。
アタシのパトロンの中に確かベルギー人もいたはずだけど
どうだったかしら?
とにかく、際限なくそんなことをマスターとおしゃべりしていたのが
この家の奥様だったってわけ。で彼女が見上げた先にアタシがいて・・・。

目が合った時にわかったよ、アタシはこの人のもとに行くんだって。

それにね、なんだかこの恰好が珍しいって
奥様にいたく気に入られちゃって。



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今じゃここがアタシの終の棲家。
ここにもParisで出会ったような気もする
愉快な仲間ができたし、そのおかげで
そんなに居心地悪くもなく暮らせてるわ。

あ・そうそうこの姿勢ね、苦しそうに見えるかもしれないけれど
アタシだって夜中にはちゃんと横になって眠ってるのサ。

ポーランドにあるウ”ウォツワウ”ェクっていう
舌を噛みそうな町で生まれた彼に抱かれてね。
ホラ、お隣の素敵なブルーの彼がそう、私の寝床サ。

そんなこと知ってか知らずか奥様ったら
中に綺麗なレースも敷いてくれて。

フフ・・・・彼、くすぐったくて仕方ないらしいの。











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by marucox0326 | 2017-09-15 18:23 | 話の小部屋 | Comments(8)

歌に秘められた人生。

♬ドミニクっニクっニクっ♪ 
♬粗末ななりで~~たび~から旅へ~~♪

ご存知かしらん?

子供のころ大好きでよく歌っていた。
誰しもイチジクを見るたびについ口ずさんでしまうに違いないこの歌。

イチジク ジクッジクジク(^^♪タラらりらららん~ってね。

え?!違う?



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小学校のころ
遠足のバスの中でも歌っていた気がするこの牧歌的なメロディ。
でもフランス民謡か何かだと思って作者が誰かも知らずにいた。
しかもその背景に数奇な人生模様が隠されていたなんて知る由もなかった。
この映画を観るまでは。

「シスタースマイル・ドミニクの歌」(2009年公開 仏・ベルギー合作)

これはこの歌を作り自ら歌ってヒットさせた
実在の修道女ジャニーヌについての物語だ。
彼女は母親に反発して修道院に入るが
結局還俗してこの歌を世に出し、忽ち時の人となるのだった。
その際の芸名はー彼女の意に反して名づけられたものだったがー
シスタースマイル(フランス語ではスー スーリール)
映画の原題「Soeur Sourire」)だ。

そもそもジャニーヌが修道女になったのも、
その後の彼女の人生がうまくいかなかったのも
一つにはストレートに物を言い、
かなり自己中なその性格によるものだ。
やがて身勝手さが災いして周囲と軋轢を生み、
母親ともうまくいかないまま(この母親が結構キツイ)
彼女は転落していく。
だが、映画は悲劇的な結末を暗示しながらもその描き方は暗くはない。

正直、私にはいまひとつ共感できる箇所が少なかったが
主演のセシル・ド・フランスは、マニッシュな雰囲気で魅力的なので
愛を求めながらも傷つき満たされることのないヒロインを生き生きと
命を吹き込むように演じている。

歌には様々な人生が投影されたり
作者の想いが込められたリするものだが、
このように、その歌の内容とは関係なく
背景に思いがけないドラマが隠されていることもある。

もうこれからは
この親しみやすく陽気なメロディが
どこかで何かの拍子に耳に入ってきたとしても
ちょっぴりブルージーに聞こえてしまうかもしれない・・・・





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イチジク ジクッジクジク(^^♪タラらりらららん~

イチジクとドミニク、やや強引すぎる持っていき方はいつも通り。

今は大好物のイチジク・・・・・。
でも子供のころはちょっと苦手だったなあ、このビジュアル。



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今日は久しぶりに映画館のスクリーンで一本鑑賞してきた。
これがスゴ~~~く心に染み入って・・・・・・・
癒された~~~

それについてはまた改めて。






















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by marucox0326 | 2017-09-13 23:19 | 話の小部屋 | Comments(9)

都会の息遣い。

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お盆休みに、帰省がてらツレと二人
大阪にも寄ってきた。

宝塚の実家までは車で往復し、
今は住む人もなくがらんとした家の中に寝泊まりをして
繁華街に繰り出すときは電車を利用する。
実家は駅に近いのでそのほうが車より便利なのだった。

阪急梅田駅から歩いてお初天神へ。

あれは2年ほど前
私はこの傍にある曽根崎警察署まで
忘れ物を取りに行ったことがある。
梅田の阪急デパートで忘れた傘が、
問い合わせたらここに保管されていたからだ。

当時母の介護で、名古屋大阪間を週一で往復していたとはいえ、
「傘一本、そんなとこまで行かなくちゃならないのか」と
己の粗忽さを棚に上げて恨めしく思ったものだ。



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正式名称は「露の天神社」


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ローマ字で交番、その下に英語でポリス。
この手の表記、なぜかよく見る。


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文楽や歌舞伎でおなじみの「曽根崎心中」・・・・

宇崎竜童と梶芽衣子主演で映画化もされていたなんて知らなかった。



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この門を出てお初天神商店街に向かう。

安くて美味しいお寿司屋さんがあるので
今日の目的はそこである。

でも営業時間きっちりの12時からしか入れてくれない。

ツレの学生時代、よく来たという
懐かしの食堂やらとんぺい焼きのお店やらを横目にぶらぶらと・・・・。


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通天閣あたりにもありそうなお店の看板。
昨今は、関西弁も全国的に認知され始めて
この程度ではもはや観光客も驚きはしないのではあるまいか。


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で、やっと入店。
まずオーダーしたのは鱧の湯引き。

近頃は愛知の飲食店でもメニューに載っているし、
近所のスーパーでも、化石のようにひからびた「鱧の湯引き」なら見かける。

でも夏に大阪の市場や普通のスーパーなどで、
骨切りをして開いた生の状態での鱧が
何匹も並べられて売られているのは圧巻の様である。


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2貫ずつだと種類が食べられないのでまずは特上を。
ウニやアワビもあって私はこれで十分だった。

この日は平日だったので、サラリーマンも続々とやってくる。
ランチもお得なのだ。


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この辺りには「お初天神裏参道」という路地裏が出来て
流行りのバルストリートになっているようだ。

だが、店を出てもまだ蒸し暑い昼下がり。
食後の散歩道にふさわしいかどうかは個人の見解に寄るところながら
アーケードの横に伸びた小路に入ってみる。

当然、小さな軒を連ねた店の殆どは閉まっていて
時折ビールのケースを担いだお兄さんが行きすぎたりするだけだ。
そんなひっそりとした昼間の路地裏は、きっと夜にこそ活気を帯びる場所だろう。
でもだからといって
すっかり人の気配は消されてしまっているのかといえばそうではない。


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ランチ営業をしているエスニック料理のお店や
ハイカラを気取った喫茶店といった風情の店もあって
中で昼食を取る人がいるのだった。

大都会のビルの狭間に確かに感じる生活の匂い。

お蕎麦屋さんから、小さな子供の手を引いて若い母親が出てきた。
その何気ないいでたちを目にしたとき
この猥雑な空間にも、暮らしを営む人々がいることに
たまらない郷愁と愛おしさを感じてしまう。
そんな私は、大阪のミナミの真ん中で育った。

実家の家業は固い商売だったが、大通りに面した場所に店舗を兼ねた家があり
裏手には数軒の小料理屋があって、夕方になると三味線の音色や
酔客の怒声が聞こえてくることもあるのだった。
高校生になると、カラオケを設置する店も出始め
夜自室にいると調子っぱずれの大音声に悩まされた。

勉強なんてできるわけない・・・・・という言い訳は通じなかったが。

当時はテレビのホームドラマに出てくるような、
住宅街に建つこじんまりとしたお家に憧れたものだ。





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「ここに住むの!?ボク」

10年前、京都の大学に進学が決まった次男は、
車も人も往来の激しい河原町通りに面した
古ぼけた小さなビルの中に下宿が決まった時、驚いて言った。

長閑な畑が広がる新興住宅街で育った彼にとって
商業地域の大きな通りに面した場所には
会社や店舗や飲食店はあっても
そこを住居として寝起きする人達がいるなんてことは
にわかには信じ難いようだった。

「お母さんは不思議でも何でもないけどね」




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その後実家は二回の転居を経て
今、私の育ったその家は立体駐車場になっている。



























































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by marucox0326 | 2017-09-04 10:30 | 話の小部屋 | Comments(2)

春告鳥

道路の両脇に植えられた桜の
花びらが風に舞っている。
視野の端に飛び込んでくるそんな風景の中
車のハンドルを握り直しアクセルを踏む。

ここからは、母の要る老人ホームまで片側一車線の一本道。
平日なら時間帯によっては15分で着く。

今のところ、毎日老人ホームに母を訪ねている私。



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そろそろ入居後ひと月になるホームでの暮らし。

さらに幼女のようになった母は、
最初の2・3日こそ不安げな表情を見せていたが
暖かく優しいスタッフの皆さんのおかげで
なんとかここが自分の居場所であることを受け入れ
時折笑顔を見せるようになった。

母が介護サービスを受けるようになったこの4年半
介護現場で働く人たち
すなわちヘルパーさん始め介護事業所の職員さんや
ケアマネージャーさん達などには、
母の世話だけでなく時には愚痴を聞いてもらったり
母とのあれこれを話すことで、私自身も精神的に随分助けられてきた。
そして彼ら彼女らを見ていると、仕事ぶりもさることながら
その人柄の素晴らしさに感心することが少なくない。

報道などでは
よく過酷で低賃金な仕事であることばかりが強調されるけれど
私が出会った人たちの中にはお年寄りが好きだからとか
弱い立場の人たちの役に立ちたいなど、志して働く人や
この仕事を天職と思い会社員から転身した人もいらっしゃった。




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「お金なんて沢山もらっちゃいけないと思うんです」
「高齢者は生きるために努力が必要なんです」
そんな言葉に心が動かされた。
そのヘルパーさんとは本当に沢山の思い出がある。

仕事とは生活のため、対価を得るためだけのものではない。
そして立身出世や給料の多寡だけで選ぶだけのものでもない。
そんなことを改めて思い知らされた。

母のことがなければ知ることはなかったかもしれない事柄は数えきれない。



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今は実母と義母
二人の母がそれぞれホームでお世話になっている。

いつも感謝の気持ちや「ありがとう」の言葉を忘れないよう
心掛けている私だが、一方でこの4年半の間に出会った
上記に挙げた介護している側の人たちからも
思いがけない場面で「ありがとうございます」の言葉を聞いてきた。

例えば更衣介助の際、
被介助者の腕を上げさせたり足を上げさせて
袖を通したりズボンを履かせるのは想像以上に重労働だ。
老人とはいえ大人の体、それも脱力した状態では
そんなことさえ結構な力仕事なのだ。
にもかかわらず彼らは被介助者である母に
「ありがとね」とか「ありがとうございます」と声掛けしてくださる。
下の世話や食事や入浴の介助、どんな時も相手に「~してください」と声掛けし
できないと根気よく促し、できると「ありがとう」の言葉を忘れない。
そうすることで信頼関係を築き、頑なな老人の心を溶かしていくのだった。




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ホームに着き、リビングに行くと
大概は車椅子に乗った母の背中をリビングに見つけるのだが
その日はいなかったので、部屋に向かった。
ベッドに寝ていた母はしっかりと目を開けていたので声をかけると
彼女は寝たままはっきりとこう言った。

「今日なあ、あそこに(窓の外を指さして)キレイな鳥が止まってたわ。鶯やろうか」

ここは3階である。
部屋の掃き出しの窓には、狭いながらベランダがあり桟もあるけれど
階下は道路を挟んでその前は建物と駐車場だ。
しかも木など生えていない。
こんなところにスズメすら来るわけがない。
でも・・・・・・今が春だということはわかっているのだと思った。

「桜キレイやったもんなあ」
数日前、近所まで車でお花見に連れて行ったからだろうか。

「桜?・・・・そうやったかいなあ」


その日もやっぱりどんよりとした空模様ではあったが
春の一日は穏やかに過ぎ、ゆっくりと暮れようとしていた。












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by marucox0326 | 2017-04-15 22:55 | 話の小部屋 | Comments(6)

オールドのほうじゃないよ!

「オイっ」(「老い」ではな~い)
旦那様が奥方様を呼ぶときにこんな風に言う。
いまや時代劇の中でしか見られない光景かとも思うのだが。

なんか見下されている感じで好ましくないわっと
感じる女性のほうが多い気がするし、
そんな風に呼びかける男性も少なくなった気がするが、
実際のところはどうなのだろう。

「オイっ」
私の父や義父も平然と母や義母にこう呼びかけていた。
子供のころはそんなもんかと思っていたが、
年頃になり、友人のご両親がお互いを名前で呼んでいる場面に遭遇した時
一瞬はっとして、次の瞬間素敵だなあと思ったものだった。


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でも、もしかしたらこの「オイっ」
今の若い女性が男性に向かって言ってもおかしくない
それくらい、街角などで若い女の子の「男言葉」をよく耳にする。
さらに言えば若者言葉と括られる単語には、
本来の意味を捻じ曲げたりされているものもあるようだが
中にはその発想に驚かされたり感心したり、感動すら覚えることがある。
やはり「言葉」は時代によって変化する生き物であると感じるのだ。

特に女の子の話し言葉は「男言葉」の範疇を超えて激変している。

が、しかし私自身は若いうちの言葉の乱れなど、
目くじらを立てるほどでもないと実は思っている。
たとえエレベーターで乗り合わせた
あどけなさの残る可愛い女の子の二人連れの形のよい唇から
「飯食いに行こうぜ」とか「うちのオカンがさあ」
などという言葉が発せられたとしても(これは実体験である)
それは友達同士のコミュニケーション用であって、
フォーマルな場所や、話す相手によって
ちゃんと彼らは、話すべき単語も意味も使用法も
それなりにわきまえていると信じたいからである。

仮に全く知らなかったとしても、それを教えるのが年長者の役目であり、
知らなくてけしからんと批判だけするというのは違うだろう。

実際我々の若いときはどうだったか・・・・・。
イキがったり、わけもなく悪ぶったりすることの
一番手っ取り早い方法は、話し方ではなかったか。
大人が眉を顰めるような言動で、わが身に鎧を纏わせてはなかったか。
でもそれはどこか体制に抗っているように見えて
中身は臆病で浅慮でぶしつけでしかなく、「若さ」なんて
大人たちの理不尽さを跳ね返せるほど強靭な武器ではなかった。

そう気づいたとき、まず変わったのは物の言い方だった気がする。
自分たちにふさわしい言葉と振る舞いを見つけるのに、多少の時間は要したけれど。
そしてイキがって悪ぶって、使ってた言葉のなんと陳腐に思えたことか。




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オイオイ・・・・なんの話だったっけ?
ああそうだ。本題は「オイっ」である。

先日ツレが珍しく私をこう呼んだ。
思わず「わたくしオイという名前ではございません」
努めて冷静を装って返した。

けれど、なんか悪い感じでもなかったのよねぇ。













































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by marucox0326 | 2017-02-22 12:00 | 話の小部屋 | Comments(14)

気取って歩けば…・♪

朝の連続ドラマ「べっぴんさん」
たまにしか見られないが、ここのところジャズ喫茶で
林遣都君がドラムを叩くシーンが気になっていた。
同じ曲ばかり演奏しているので
すっかり耳の中に住み着いてしまったそのメロディ。

聞き覚えはあるのだけれどなんだったっけ?
ず~っと引っかかっていた。
この曲は確か・・・・・・。



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ソニー・クラークだ!
見つけるのに手間取るほど
私はジャズ通でも、CDコレクターでもない。
すぐに探し出せた。

久しぶりに聞いてみるその曲は
「COOL STRUTTIN'」というアルバムに収録された
「BLUE MINOR」

ああこれこれ・・・・

軽快にサックスとトランペットで始まる印象的な出だし
ソニーのピアノに続けてポール・チェンバースのベースへと繋がる・・・・
でも、改めて聞いてみるとこの「BLUE MINOR」
ドラムが特に目立つというほどでもない。
このアルバムのドラムを叩いているのはフィリー・ジョー・ジョーンズ
他のチューンでは彼も際立って派手に目立つ演奏もあるのだが。


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いくつかのCDと一緒に
このアルバムを買い求めたのはいつだったろうか。
洒落た文字のデザインとレイアウト
ヒールを履いた女性の足元の写真に惹かれてだった。
いわゆるジャケ買いである。



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朝ドラの中で
東京に出てドラマーとしての成功を夢見る二郎を演じる林遣都君。
彼は実際にドラムを叩いている。
もともと経験があるのか、演じるにあたって特訓したのかは
わからないが、あの「バッテリー」(これ大好きな少年小説)の映画化で
鮮烈にスクリーンデビューしたかつての美少年も大人になった。
そういえば連沸美沙子ちゃんと共演したんだ、あの映画でも。
なあんて、相も変わらずオバサン目線で
ちょっぴり疲れた感じのどこか世をすねた雰囲気を漂わせた
青年を好演する彼を観ていた。

それにしても・・・・・
なんで、一流ドラマーの片鱗を見せる・・・・的な役柄であるはずの
彼が演奏するのがこの「BLUE MINOR」なんだ?

調べてみると、本国アメリカでは全く売れなかったこのアルバムが
昭和30年代当時、日本にモダンジャズが入ってきたころ、
とても人気を呼び、あちこちのジャズ喫茶で盛んに演奏されたのだそうだ。
つまり日本のジャズ史上、往年の日本人ジャズファンにとっては
ソニー・クラークは欠かせないジャズピアニストであり、
「COOL STRUTTIN'」は外せないアルバムなのである・・・・そうなのだ。

何をいまさらとお思いのジャズ通の皆さんにはお恥ずかしいが
そんなことはなぁ~んにも知らずに今までいた。

なにせ、10代後半に初めて買ったジャズピアノのLPはキース・ジャレット。
嬉々として針を落としてみたものの
う~ん、よくわかんない・・・・
しかも途中なんかうなってるしこの人。
次に薦められて買ったのは
あの超有名なビル・エバンスの「ワルツ・フォー・デビー」
こちらはさすがにすっかり魅了されて
それ以来ジャズピアノは彼一筋に・・・・。
といってもまあ・・・・
その後は洋楽好きながら、ロックやポップスに偏りがちだった。



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数を聴くようになったのは40代後半からだ。
決して詳しくはない。
ただ
モダンジャズばかりでなくガーシュインやC・ポーターは本当に魅惑的だし
同じ曲をヴォーカル、インスト、ビッグバンドで聞き比べたり
新旧のロック歌手がカバーしているのを、今ならYouTubeで見つけてお気に入りにしたり・・・。
まるで新たな鉱脈を掘り当てた気分で、多様なアレンジを聴くことができるのも
私にとってはジャズの楽しみ方のひとつ。




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さて・・・・・・・
「COOL STRUTTIN'」とは「気取って歩く」という意味だそうだ。

聞き終えると朝ドラのワンシーンにも重なって
どこか色あせた写真のように懐かしい。
私の知らない昭和のジャズシーンが浮かぶようだった。





Sonny Clark : piano
Art Farmer : trumpet
Jackie McLean : alto sax
Paul Chambers: bass
Philly Joe Jones:drums




そして先日
おひょいさん(藤村俊二氏)が亡くなった。
一報を聞いてせめて安らかであったことを願うばかりだ。
スタイルもファッションもお洒落で粋・・・
しかもあの優しい笑顔の下には、
どうにも甘えん坊気質のようなものも見え隠れして
憎めない人柄が滲み出ていた。
ご冥福をお祈りする。

昭和がまたひとつ遠くなった。













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by marucox0326 | 2017-02-08 01:08 | 話の小部屋 | Comments(4)

戦士の休息

クリスマスムード満載の大阪は梅田界隈。
阪急デパートから阪神デパートをひやかし西梅田駅に向かう地下街の途中
ふとウインドウディスプレイに惹かれて
吸い寄せられるかのように立ち寄ったブティック。
薄手の上品なカーディガンや、シルクのブラウスを
ハラリと広げたり胸にあてがって鏡を見ているうちに
何故だかだんだん冷めた気分になっていく可哀想な私がいた。



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母の介護負担は確実に増えてきている。
まだ自宅介護で頑張れると思う自分が
時々とてつもなく偽善者に思えてしまうことがある。
果たして母にとって何が一番いい事なのか。
私は一体何と戦っているのか。
わからないまま時間だけが過ぎていく。

イケナイイケナイ…

母をデイサービスに預けて
さあ束の間の息抜きにイザとばかり出掛けてはみたものの
いつものジーンズにセーター、靴だけはショートブーツを履いてはいたが
もう少しオシャレしてくればよかった。

こんなお店に何で入ってしまったんだろう。

さほど広くない店内、
買う気もないのに店のマダムに勧められるまま散らかしすぎてしまって
買わずに出る機会を逸していたその時、
若い女性が店内に飛び込んできて、いきなりメモを広げてマダムに尋ねた。
「ハービスENTに行きたいんですけど」・・・・・
これ幸いと、マダムが説明し始めたのを機に私はそこを出た。
そしてふと自分も久しぶりにそこまで行ってみようと思い立った。
くだんの若い彼女は、すぐに私に追いつき追い越していった。
人波の中をスイスイと、キャスター付きの鮮やかなミントグリーンのトランクを
後ろ手にガラガラと引きづりながら。
しかし彼女、角を曲がって広い場所に出るとわからなくなったのか一瞬立ち止まり
すぐに又早足で跳ねるように歩き出したのだが・・・・・・。
そっちは残念ながら反対方向だ。





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大都会の主要な駅の構内や地下街は慣れてないと分かりにくい。
お節介の虫が騒ぎ出したか、私は人混みを掻き分け早足で追いつくと
「あのぉ、あなたハービスENTに行きたいんでしょ。こっちですよ」と教えてあげた。
いきなり見知らぬおばさんに話し掛けられても訝る様子もなく、
彼女は当たり前のように、私に向かってニコリと笑うと
「あ?そうですか」と言って、又もや跳ねるような歩調で
例のガラガラを引きずりながら急いで行ってしまった。
最近はめっきり歩くのが遅くなったと自覚している私には
何だか眩しくさえ感じられる軽やかさで…。
ところがだ。
もう、すぐそこだから間違えようもない、そう思った私が甘かった。
イヤイヤそういうことじゃないだろう。
それにしても入り組んだ迷路のごとき地下街にあって
この若い女性は辺りを見回したり上を見上げて確認することをしない。
あちこちにインフォメーションや指示の案内板があるというのに。
ただ真っ直ぐ先を急いで、見事に間違った道を歩いていく。
ああこうして彼女がアサッテの方向に行き続けちゃったとしても、
その責任が私にあるのか?
いやはや困ったもんだ。

私はかなり先を行く彼女を必死で追いかけ叫んだ。

「違いますよ〜あの〜 ちょっとぉ! オジョーサアン!!」
何とか追いついた。
「行き過ぎですよ。こっちに大きく書いてあるでしょ?」
「あ?本当や!スミマセン。わざわざありがとうございます」
「教えた手前ね…間違えられるのは見過ごせないから」




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ペコリと頭を下げ、
やっぱり跳ねるようにズンズンとハービスENTの中に入って行く彼女を
しばらくの間役目を全うしたガイドのように見送った。
その時の私の心には、束の間清々しい風がそよいだ気がしたが
次の瞬間には、母の帰宅までの残り時間を確認する私がいたのだった。












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by marucox0326 | 2016-12-23 20:01 | 話の小部屋 | Comments(6)

照る日もあれば曇る日も・・・。そんな日々の戯言です。


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