カテゴリ:話の小部屋( 26 )

オールドのほうじゃないよ!

「オイっ」(「老い」ではな~い)
旦那様が奥方様を呼ぶときにこんな風に言う。
いまや時代劇の中でしか見られない光景かとも思うのだが。

なんか見下されている感じで好ましくないわっと
感じる女性のほうが多い気がするし、
そんな風に呼びかける男性も少なくなった気がするが、
実際のところはどうなのだろう。

「オイっ」
私の父や義父も平然と母や義母にこう呼びかけていた。
子供のころはそんなもんかと思っていたが、
年頃になり、友人のご両親がお互いを名前で呼んでいる場面に遭遇した時
一瞬はっとして、次の瞬間素敵だなあと思ったものだった。


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でも、もしかしたらこの「オイっ」
今の若い女性が男性に向かって言ってもおかしくない
それくらい、街角などで若い女の子の「男言葉」をよく耳にする。
さらに言えば若者言葉と括られる単語には、
本来の意味を捻じ曲げたりされているものもあるようだが
中にはその発想に驚かされたり感心したり、感動すら覚えることがある。
やはり「言葉」は時代によって変化する生き物であると感じるのだ。

特に女の子の話し言葉は「男言葉」の範疇を超えて激変している。

が、しかし私自身は若いうちの言葉の乱れなど、
目くじらを立てるほどでもないと実は思っている。
たとえエレベーターで乗り合わせた
あどけなさの残る可愛い女の子の二人連れの形のよい唇から
「飯食いに行こうぜ」とか「うちのオカンがさあ」
などという言葉が発せられたとしても(これは実体験である)
それは友達同士のコミュニケーション用であって、
フォーマルな場所や、話す相手によって
ちゃんと彼らは、話すべき単語も意味も使用法も
それなりにわきまえていると信じたいからである。

仮に全く知らなかったとしても、それを教えるのが年長者の役目であり、
知らなくてけしからんと批判だけするというのは違うだろう。

実際我々の若いときはどうだったか・・・・・。
イキがったり、わけもなく悪ぶったりすることの
一番手っ取り早い方法は、話し方ではなかったか。
大人が眉を顰めるような言動で、わが身に鎧を纏わせてはなかったか。
でもそれはどこか体制に抗っているように見えて
中身は臆病で浅慮でぶしつけでしかなく、「若さ」なんて
大人たちの理不尽さを跳ね返せるほど強靭な武器ではなかった。

そう気づいたとき、まず変わったのは物の言い方だった気がする。
自分たちにふさわしい言葉と振る舞いを見つけるのに、多少の時間は要したけれど。
そしてイキがって悪ぶって、使ってた言葉のなんと陳腐に思えたことか。




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オイオイ・・・・なんの話だったっけ?
ああそうだ。本題は「オイっ」である。

先日ツレが珍しく私をこう呼んだ。
思わず「わたくしオイという名前ではございません」
努めて冷静を装って返した。

けれど、なんか悪い感じでもなかったのよねぇ。













































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by marucox0326 | 2017-02-22 12:00 | 話の小部屋 | Comments(14)

気取って歩けば…・♪

朝の連続ドラマ「べっぴんさん」
たまにしか見られないが、ここのところジャズ喫茶で
林遣都君がドラムを叩くシーンが気になっていた。
同じ曲ばかり演奏しているので
すっかり耳の中に住み着いてしまったそのメロディ。

聞き覚えはあるのだけれどなんだったっけ?
ず~っと引っかかっていた。
この曲は確か・・・・・・。



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ソニー・クラークだ!
見つけるのに手間取るほど
私はジャズ通でも、CDコレクターでもない。
すぐに探し出せた。

久しぶりに聞いてみるその曲は
「COOL STRUTTIN'」というアルバムに収録された
「BLUE MINOR」

ああこれこれ・・・・

軽快にサックスとトランペットで始まる印象的な出だし
ソニーのピアノに続けてポール・チェンバースのベースへと繋がる・・・・
でも、改めて聞いてみるとこの「BLUE MINOR」
ドラムが特に目立つというほどでもない。
このアルバムのドラムを叩いているのはフィリー・ジョー・ジョーンズ
他のチューンでは彼も際立って派手に目立つ演奏もあるのだが。


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いくつかのCDと一緒に
このアルバムを買い求めたのはいつだったろうか。
洒落た文字のデザインとレイアウト
ヒールを履いた女性の足元の写真に惹かれてだった。
いわゆるジャケ買いである。



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朝ドラの中で
東京に出てドラマーとしての成功を夢見る二郎を演じる林遣都君。
彼は実際にドラムを叩いている。
もともと経験があるのか、演じるにあたって特訓したのかは
わからないが、あの「バッテリー」(これ大好きな少年小説)の映画化で
鮮烈にスクリーンデビューしたかつての美少年も大人になった。
そういえば連沸美沙子ちゃんと共演したんだ、あの映画でも。
なあんて、相も変わらずオバサン目線で
ちょっぴり疲れた感じのどこか世をすねた雰囲気を漂わせた
青年を好演する彼を観ていた。

それにしても・・・・・
なんで、一流ドラマーの片鱗を見せる・・・・的な役柄であるはずの
彼が演奏するのがこの「BLUE MINOR」なんだ?

調べてみると、本国アメリカでは全く売れなかったこのアルバムが
昭和30年代当時、日本にモダンジャズが入ってきたころ、
とても人気を呼び、あちこちのジャズ喫茶で盛んに演奏されたのだそうだ。
つまり日本のジャズ史上、往年の日本人ジャズファンにとっては
ソニー・クラークは欠かせないジャズピアニストであり、
「COOL STRUTTIN'」は外せないアルバムなのである・・・・そうなのだ。

何をいまさらとお思いのジャズ通の皆さんにはお恥ずかしいが
そんなことはなぁ~んにも知らずに今までいた。

なにせ、10代後半に初めて買ったジャズピアノのLPはキース・ジャレット。
嬉々として針を落としてみたものの
う~ん、よくわかんない・・・・
しかも途中なんかうなってるしこの人。
次に薦められて買ったのは
あの超有名なビル・エバンスの「ワルツ・フォー・デビー」
こちらはさすがにすっかり魅了されて
それ以来ジャズピアノは彼一筋に・・・・。
といってもまあ・・・・
その後は洋楽好きながら、ロックやポップスに偏りがちだった。



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数を聴くようになったのは40代後半からだ。
決して詳しくはない。
ただ
モダンジャズばかりでなくガーシュインやC・ポーターは本当に魅惑的だし
同じ曲をヴォーカル、インスト、ビッグバンドで聞き比べたり
新旧のロック歌手がカバーしているのを、今ならYouTubeで見つけてお気に入りにしたり・・・。
まるで新たな鉱脈を掘り当てた気分で、多様なアレンジを聴くことができるのも
私にとってはジャズの楽しみ方のひとつ。




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さて・・・・・・・
「COOL STRUTTIN'」とは「気取って歩く」という意味だそうだ。

聞き終えると朝ドラのワンシーンにも重なって
どこか色あせた写真のように懐かしい。
私の知らない昭和のジャズシーンが浮かぶようだった。





Sonny Clark : piano
Art Farmer : trumpet
Jackie McLean : alto sax
Paul Chambers: bass
Philly Joe Jones:drums




そして先日
おひょいさん(藤村俊二氏)が亡くなった。
一報を聞いてせめて安らかであったことを願うばかりだ。
スタイルもファッションもお洒落で粋・・・
しかもあの優しい笑顔の下には、
どうにも甘えん坊気質のようなものも見え隠れして
憎めない人柄が滲み出ていた。
ご冥福をお祈りする。

昭和がまたひとつ遠くなった。













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by marucox0326 | 2017-02-08 01:08 | 話の小部屋 | Comments(4)

戦士の休息

クリスマスムード満載の大阪は梅田界隈。
阪急デパートから阪神デパートをひやかし西梅田駅に向かう地下街の途中
ふとウインドウディスプレイに惹かれて
吸い寄せられるかのように立ち寄ったブティック。
薄手の上品なカーディガンや、シルクのブラウスを
ハラリと広げたり胸にあてがって鏡を見ているうちに
何故だかだんだん冷めた気分になっていく可哀想な私がいた。



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母の介護負担は確実に増えてきている。
まだ自宅介護で頑張れると思う自分が
時々とてつもなく偽善者に思えてしまうことがある。
果たして母にとって何が一番いい事なのか。
私は一体何と戦っているのか。
わからないまま時間だけが過ぎていく。

イケナイイケナイ…

母をデイサービスに預けて
さあ束の間の息抜きにイザとばかり出掛けてはみたものの
いつものジーンズにセーター、靴だけはショートブーツを履いてはいたが
もう少しオシャレしてくればよかった。

こんなお店に何で入ってしまったんだろう。

さほど広くない店内、
買う気もないのに店のマダムに勧められるまま散らかしすぎてしまって
買わずに出る機会を逸していたその時、
若い女性が店内に飛び込んできて、いきなりメモを広げてマダムに尋ねた。
「ハービスENTに行きたいんですけど」・・・・・
これ幸いと、マダムが説明し始めたのを機に私はそこを出た。
そしてふと自分も久しぶりにそこまで行ってみようと思い立った。
くだんの若い彼女は、すぐに私に追いつき追い越していった。
人波の中をスイスイと、キャスター付きの鮮やかなミントグリーンのトランクを
後ろ手にガラガラと引きづりながら。
しかし彼女、角を曲がって広い場所に出るとわからなくなったのか一瞬立ち止まり
すぐに又早足で跳ねるように歩き出したのだが・・・・・・。
そっちは残念ながら反対方向だ。





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大都会の主要な駅の構内や地下街は慣れてないと分かりにくい。
お節介の虫が騒ぎ出したか、私は人混みを掻き分け早足で追いつくと
「あのぉ、あなたハービスENTに行きたいんでしょ。こっちですよ」と教えてあげた。
いきなり見知らぬおばさんに話し掛けられても訝る様子もなく、
彼女は当たり前のように、私に向かってニコリと笑うと
「あ?そうですか」と言って、又もや跳ねるような歩調で
例のガラガラを引きずりながら急いで行ってしまった。
最近はめっきり歩くのが遅くなったと自覚している私には
何だか眩しくさえ感じられる軽やかさで…。
ところがだ。
もう、すぐそこだから間違えようもない、そう思った私が甘かった。
イヤイヤそういうことじゃないだろう。
それにしても入り組んだ迷路のごとき地下街にあって
この若い女性は辺りを見回したり上を見上げて確認することをしない。
あちこちにインフォメーションや指示の案内板があるというのに。
ただ真っ直ぐ先を急いで、見事に間違った道を歩いていく。
ああこうして彼女がアサッテの方向に行き続けちゃったとしても、
その責任が私にあるのか?
いやはや困ったもんだ。

私はかなり先を行く彼女を必死で追いかけ叫んだ。

「違いますよ〜あの〜 ちょっとぉ! オジョーサアン!!」
何とか追いついた。
「行き過ぎですよ。こっちに大きく書いてあるでしょ?」
「あ?本当や!スミマセン。わざわざありがとうございます」
「教えた手前ね…間違えられるのは見過ごせないから」




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ペコリと頭を下げ、
やっぱり跳ねるようにズンズンとハービスENTの中に入って行く彼女を
しばらくの間役目を全うしたガイドのように見送った。
その時の私の心には、束の間清々しい風がそよいだ気がしたが
次の瞬間には、母の帰宅までの残り時間を確認する私がいたのだった。












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by marucox0326 | 2016-12-23 20:01 | 話の小部屋 | Comments(6)

欧米化!!

日本人はつつましい。感情を表に出さない.
いやむしろ感情表現が下手である。
そう自らも認め、世界からもみなされてきたのはいつの頃の話?
と思えるほど、我々はエモーショナル全開で今を生きている。

いまや日本人も、あらゆるシーンにおいて
たとえそこが公的な場所であっても
感情が高ぶれば、その思いや気持ち
素直に表現できることがやぶさかではないのである。

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例えば、
スポーツや音楽やあらゆるパフォーマンスに対して
私たちは観客として能動的に楽しむ術を心得ている。
つまり一緒になって歌い踊り、怒り、嘆き、大いに叫ぶ。

日頃もちょっとしたイベントごと
カラオケなどでも目いっぱいはじけ倒し
頑張らずとも羽目を外すこともできる。
一方で結婚式はますます劇場と化し、
新郎も参列の男友達も傍目もはばからず泣きむせぶ。

サプライズを考えるのに余念がないのは若い男女ばかりではない。
可愛い我が子を喜ばせるためになら
親はあらゆる手を尽くし東奔西走
時間もお金も惜しみはしない。



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かつての日本
ハレの日ケの日の区別をもって日常にメリハリをつけ
そして静かに季節の行事を楽しんでいた。
そんな美しい風習を決して忘れたわけではないのだ。

それに日本にも祭りや伝統行事においては、
日頃押し込めていた感情を吐き出し楽しむことはあった。
でもそれは決められた一時
普段はめったに感情を出さずに暮らしていたはず。

バレンタインにクリスマス、ハロウィンなどの欧米のカルチャーが
定着して、ますます日常をドラマティックに盛り上げることで
臆面なく感情を発露させることの機会は増えた。



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ワタクシmarucox
そもそも、ラテン気質の関西人。
感情表現を抑制しないことには大いに賛同しているので
昨今のこの風潮、平和で楽しい分には大賛成だ。

で先日のことである。


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そこはとあるターミナル駅
改札前の広いスペースで人を待っていた私。

少し離れた場所で、20代(もしくは30代かしらん?)とおぼしき
お洒落な格好をした若い女性が人待ち顔で佇んでいた。
するとしばらくして
彼女の待ち人らしき同じような服装をした若い女性が走り寄り、
「待ったあ?~」というが早く、彼女に抱き着いたのだった。
いわゆるハグというやつ。

「昨日のライブ良かったよねえ」(昨日も会ったんかいな?!)
「うん、また○✖△§・・・・・」
と楽しそうにおしゃべりしながら私の前を通り過ぎていった彼女たち。

どうやら、遠来の友が来たというわけでもなく
長年探しあぐねた妹にやっとこさ会えたというわけでもないらしい。



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こういうのに唖然としてしまう私は
いやはやまだまだである。


お写真はお気に入りの居酒屋さんで。
(例によってお写真と文は全く関係なしである、悪しからず)

























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by marucox0326 | 2016-10-31 19:42 | 話の小部屋 | Comments(21)

みじかびの きゃぷりてぃとれば・・・。

大橋巨泉さんがお亡くなりになった。

40代から50代にかけての巨泉氏は
そのキャラクターは全く正反対の生真面目人間だった亡父に
風貌がどこか似ていた。
つまり私の父も恰幅が良かったわけだが、病気になって晩年は痩せこけ
顔からは表情が徐々に消え、体の苦痛だけではない色々なものに
ただただ耐えているような日々だった。
病気は人を変える、まさにそれを目の当たりにしたあの数年を思い出し
きっと巨泉さんも・・・・などと昨日はニュースを見ながら父を思い出していた。

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タイトルにした、今なら流行語大賞間違いなしの万年筆のCM。
当時中学生だった私の学校でもみんなこぞって
「・・・・はっぱふみふみ」と言ってたもんだった。
60年代から70年代にかけて小中学生だった我々の世代は
テレビっ子のはしりだったから、親が眉をしかめて見せたくない番組は
沢山あったが、そんなことをまじめに守っていると
学校で話題についていけないという時代だった。

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中高校生の男の子たちがこっそり親に隠れて見ていたなんて
今思えば笑ってしまう伝説の深夜番組「11PM」。
あのピーシャバダバッドウワッ・シャバダバシャバダバシャバダバシャバダバ
今聞いても、深夜番組のオープニング音楽にしてはキャッチ―でしゃれていた気がする。
幸いにもというか「11PM」は長寿番組だったので、
もういい大人になって結婚してからは、私も大っぴらに見ることができた。
しかしどちらかといえば、私はむしろ藤本義一さんの曜日や
愛川欣也さんの曜日が面白かった。
特に忘れられないのは、愛川氏の放送で「エイズ」を取り上げた回。
1983年ごろだったかと思うが、日本ではまだまだこの病気についての認識は薄く
情報も少ない中、アメリカで新種の性病が流行り始めているらしいと言った切り口で、
アメリカ取材を交えた内容だった気がするが、とてもショッキングだったことは覚えている。

その後見た「ロングタイムコンパニオン」
どのエイズに関する映画よりも私には強烈な印象を残したアメリカ映画だった。

話が脱線した。

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大橋巨泉氏といえば司会者としての認知度が高いと思うが
「クイズダービー」や「世界まるごとHOWマッチ」などより
私はなんといっても「ゲバゲバ90分」が大好きだった。
その後高校の同級生に、大学生になってから「モンティ・パイソン」を
教えてもらったりして・・・・。

そしてまた浅野順子さんと再婚されたときは
年の差に相当に驚いたけれど(時代ですねえ)
闘病をささえ看取られたとの報を聞くと
素晴らしいご夫婦だったのだなと切なくなった。

先日永さんが亡くなり、子供のころから親しんだ
私から見れば親の年齢に近い人たちが次々と亡くなっていくことに
自分自身の年齢を顧みればなんら不思議はないけれど、やはり寂しい。

好きなことを仕事にし、セミリタイヤ後は
季節ごとに過ごしやすい外国の地で暮らし、時々はTVに出て
刺激をもらい、気に染まぬことは極力しないという人生は
私達凡人には夢のようなことだが、ご自分の思うように生きられた分
晩年は壮絶な病との闘いに苦しまれたことを思うと
試練の与えられない人生なんてないのかもしれないと思えてくる。


ご冥福をお祈りしたい。


この曲は、巨泉氏がジャズ評論家を名乗っていた若き頃に訳されたタイトルを
後年誤訳だったと認められたという有名な後日談のあるコール・ポーターの名曲。

それについての詳しくは、長くなるのでどうぞネットでお調べを。

やはりこの人の歌声しかないでしょ。
この苦しそうな表情からもうかがい知れるハスキーヴォイスがクール。







それにしても上岡竜太郎さんはどうしてらっしゃるのだろう。



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by marucox0326 | 2016-07-21 17:36 | 話の小部屋 | Comments(6)

幸せならお茶かけよう♪

「お茶漬け」はお好き?




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今の時期みたく、蒸し暑くて食欲のない時に
たとえ、ラップし忘れて炊飯ジャーに残った
ひからびかけたご飯であっても
熱いお茶をかけてー塩昆布とか梅干しとかがあればさらによしー
ぬか漬けをお供にサラサラっといただく・・・・
それって主婦のお昼にありがちじゃないかしらん。
ん?栄養価に乏しい?
いやいやご心配には及ばない。
コチトラ教養には乏しくとも栄養は十分足りている。

私は熱い煎茶かほうじ茶をかけるが
いまは冷茶を用いてもなんら支障はないらしく
さらに氷をぶっかけたりもするようだ。
これぞ進化形お茶漬け?!
う~~ん私はノーサンキューだが。

考えるに「お茶漬け」という食文化は西の地域
特に関西において色濃いのではあるまいか。

大阪に塩昆布やとろろ昆布が生み出されたのも、京都で漬物が発達したのも
「お茶漬け」のお供にふさわしいから・・・・・そんな風に考えていた私。
ネットで調べてみたらあながち間違いでもなさそうだ。






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白いご飯にお味噌汁、お漬物に番茶。

これが、ご馳走を食べた後の正統派の〆めのご飯であることに
異論はない・・・・・だけど
ここでご飯にお茶かけちゃうってのは、やっぱお外では禁じ手なんっすかね?
お味噌汁かけちゃうのは・・・・・嫌いじゃないけどさらに止めといたほうが。
こ・ここはやはり、いい大人なんだからお家の中だけにしておきましょ。

思うに・・・・。
なんだか関西人ってズルズルした食べ物が好きなんじゃないかしらん。
これって江戸っ子気質には受け入れられない要素のひとつかも。

だが関西人のうちのツレ、いかなる時にも「お茶漬け」なるものを食さない。
ご飯にお茶だの出汁だのかけてズルズルやるのはどうもお気に召さないらしい。
江戸っ子のかけらもないくせにまことに可愛げがない男であるが
どうやら彼の家庭ではそういう食習慣はなかったようだ。
ちなみにツレの父方の祖父は新潟県、祖母は神奈川県出身だ。

さて、その愛すべき庶民の代表食「お茶漬け」であるが
外で食べると、バラエティかつ豪華なトッピングもあり
手間がかかるためか、結構な代金が課せられていたりする。
にもかかわらず、こってりした料理やお酒の後
さらっといきたい向きにはたまらない。



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ある日のこと。
外食後に帰宅して冷蔵庫を覗くと
しまった!
残り物の鯛のお刺身が中途半端に残っていた。
今日中になんとかしたい。
ダメもとで「鯛茶漬け食べる?」とツレに聞いてみた。
この豪華バージョン的響きに、彼は食指が動いたようで食べるという。
おっしゃあ~
大きめの鉢に軽めに持った白飯、鯛の切り身は胡麻ペーストを絡め
さらに胡麻をまぶし、三つ葉を散らして出汁を注ぐ。
塩昆布も添えてトレイに乗せ、しずしずとツレの眼前へ。

「美味いな」・・・・・よかった。

ただ、
ご飯を箸で掬って、いちいち口に運ぶ様を見ているこちらは
イライライライラ・・・・・・・。

食べ方も知らんのかいっ!!と心の内で叫んでいたのだった。



























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by marucox0326 | 2016-06-27 18:27 | 話の小部屋 | Comments(16)

新幹線が紡ぐストーリー

関西とここ東海地方、近いといえば近い。
だがこれが毎週、新幹線で往復するとなると
時にはしんどいこともある。

仕事で毎週行ってるよ。そういう方もいらっしゃるだろう。
遠距離介護で通う私とて、いうなれば通勤電車に乗るような
ビジネスライクな心持ちで、いつも乗車している。
がしかし、
遠距離介護に励む、全国のお仲間たち、ここはストイックに無理せず
たまには観光や買い物もついでにしちゃうぜっ!
くらいな勢いでがんばりましょうぞ。

そう、たまには寄り道もして憂さを晴らさなくちゃね。




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ああだがしかし、疲れてたのョ~では済まされない
新幹線での失敗を、恥ずかしながら幾度か私はやらかしている。

以前、財布など貴重品の入ったバッグを座席に置き忘れたまま
ドーデモイイ紙袋(ま・お菓子とか入ってたんだけど)だけ
大事に持って名古屋で降車、すぐに気づいて脱兎のごとく車両に戻り
ナントか事なきを得た・・・・・そんなおまぬけな記事をブログにupしたのが
記憶に新しい私である。

他にも、
チケットを、駅ナカのトイレに置き忘れ乗車出来ず、駅員さんに泣きついていたら
その最中に、偶然にもご親切にも届けてくださろうとした方がやってこられ
思わず「あ!こ・コレですコレっ!!!」と言って
その方(若い女性)をびっくりさせたことや
ホームでエクスプレスICカードを何故だか失くしてしまい
(たぶん、限りなくぼ~~っとしてたんですなきっと)
結局紛失届を駅に出して切符を再購入して帰宅し、
その後、さして日頃の行いの良さがあるわけでもない私なのに
あな嬉し、カードが戻ってきたこともあった。

結果的にはポカをやらかしても
いつも手元に失せ物が返ってくるという
運の強さだけは持ち合わせているようだ。

まあそんなことなんの自慢にもならないが。





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新幹線という乗り物に、今は何だか特別な思い入れがある。

私は始発にも終電にも乗車したことがあるのだ。

電光掲示板もほとんど案内表示を消し、真っ暗な空がのぞく駅舎のホーム
売店はシャッターを閉め、自販機の灯りも消えた中、数人の乗客と最終列車を待つ。
または、ピチュピチュと小鳥のさえずりを聴きながら
あちこちシャッターが閉まった構内を抜け、やはり数人しかいないホームで
早朝の澄んだ空気を吸いながら、仄明るくなっていく景色の中に身を置き
始発列車を待つ・・・・・それはどちらもこれから旅に出るという
わくわくした気持ちがあるわけではないけれど
まあ老親の面倒を看るということを除けば、この非日常な感覚もきっと
ちょっとした旅であることに変わりはないはずである。

そう考えれば、遠距離介護も又楽しからずや・・・・・・。

そして混雑する駅のホームでも、列車の中でも
人間界に生きるヒトビトの、ちょっとしたある光景に出会っては
思わずクスリとしたり、憮然としたり、しんみりすることもあって
何だかみんな生きてるんだなあって・・・・・。

そんなこともたまに感じることがあるのだ。



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先日も遅い時間に、私は「のぞみ」の自由席に座っていた。
(EXカードも使うが、大体は安い早割切符で乗る)
京都を過ぎたあたりからうつらうつらしていた私は
突然、耳に飛び込んできた大声に目が覚めた。

通路側の席だったので、何事かと右横を見遣ると
巨体を折ってお辞儀をしながら、携帯電話で話す男性が立っていた。
中小企業の社長さん然とした話し方・・・・歩を進めんとしては止め、
私の座席横の通路を占領した形で、動くような動かぬような・・・・。

たぶん、この恰幅のいいオッサンは
自身の携帯が鳴った時、取りあえずは電話に出たものの
そこで話すのはマナーに反すると、席を立ちデッキに行こうと
電話は切らずに、話しながらここまで歩いてきたのだろう。
私の席の2列先が車両の扉だった。
でも・・・・
電話の相手が、まるで見えない力で彼をこの場所に縛り付け
話の相槌をつかせているかのように、その場から動かないオッサン。

おそらく彼は気づいてはいまい。
自分の声が結構なボリュームであることを。
それでも、汗を拭き恐縮しながら(それは電話の相手にだが)
話し続けるこのオッサンを、私は憎む気にはなれないでいた。

ようやく歩き出して扉の向こうに消えたと思う間もなく、オッサンは戻ってきた。
その、人のよさそうな丸顔はやっと何かから解放された清々しさに満ちていて
なんだか私も又、安堵の胸を撫でおろしたのだった。






※お写真と本文はなんら関係はないので悪しからず。











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by marucox0326 | 2016-06-17 22:38 | 話の小部屋 | Comments(2)

いざゆかん

ブーム?。

そんないっときのたわむれに乗じるなんてばかばかしい。
「流行」を追いかけるなんて愚の骨頂、時間の無駄よ。

それでもコスメだけはね、チェックしていますとも。
ああ、お洋服はお化粧に合わせて当然おざなりには出来ないわね。
靴もバッグも、まさか去年の春物というわけには・・・・。

今はやりの熟成すしのお店?存じませんョそんなもの・・・・。
熟成肉は少し前に流行ったけれど
寝かせたお刺身を使うっていうやつでしょ?

あらワタクシ、「流行」を追うような人間じゃありませんの。



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「流行」といっても
数年前にバイク事故死した個性派俳優のお話ではない。

女性なら「流行」といったらまず頭に浮かぶのは
「ファッション」かもしれない、そしてやっぱり「グルメ」。
「ファッション」と違って「食べるもの」って
わかりやすく、とっつきやすいからだろうか。
知る人ぞ知るが、知らない人は全く知らないと思われるファッションに比べ
こちらの方は、世間をいっときとはいえ騒乱状態に巻きこむようである。

今までに一大ブームを巻き起こしたもの・・・・・・・
思い浮かぶのは、ロールケーキやパンケーキ
ポップコーンやドーナッツ、餃子にラーメン、から揚げにハンバーガー。
どちらかと言えば庶民的なそれ自体はおなじみの食べ物である。

そこに「日本初上陸」だの「ここでしか買えない」だの
「某有名シェフが開発」だの「あのブランドがついに」だのという
付加価値が付くと、これらのお菓子や料理たちは
たちまちスペシャルなものへと変身してしまった。

メディアは、行列をなしてそれを手に入れようとする人々を競って取り上げる。
さらにそれを見た私の様な食いしん坊達は、いざゆかねばと色めき立つ。

多くの善男善女をあおり、そこへと走らせる感情、それは
「食べてみたい」という欲求にも増して、いち早く「はやり」を手にしたいと言う思い、
たぶん、ただそれだけのことなのかもしれない。

「ばかばかしい」けれど、要するに「祭り」に興じているだけなのだ。
そして皆そんなことは百も承知で踊っている。
それを冷ややかに見るだけの、踊るまいぞと頑張っている側の人たちより
踊りの輪に加わる方が楽しいに決まっている・・・・そう思っているから。



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そして彼らはたぶん知っている。
「はやり」というものは、皆が踊りだした時点で
すでに色褪せて「はやり」ではなくなってしまうことも。

やっと手に入れた憧れのお宝なのに
じっと凝視すれば、何故だかただの石ころにしか見えない。
「はやり」とはそういう皮肉な側面をも持っているということも。

まあそれも覚悟で、でも心躍る一瞬の快感を得るために
いざゆかん・・・・なのである。





















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by marucox0326 | 2016-02-19 09:00 | 話の小部屋 | Comments(6)

タイムマシンにお願い♪

♫さあ~不思議な夢と遠い昔が好きなら~

懐かしき「サディスティック・ミカバンド」
実は我がバンドのレパートリーでもある。

この曲、ギタリストはやりたがるんだけど
ボーカルとしては・・・・
いやそれはおいといて。

母宅で作った彼女の好物のちらしずし。



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この時も、喜んで食べてくれたので


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鯵のお刺身を細く切ったものやレンコン、シメジ
ニンジン、エビなどが入っている。
青いものを散らしたかったのだが、
絹サヤも三度豆もなくて、ホーレン草の胡麻和えを添えた。
飲み込むようにあっという間に平らげた母。

もしも
タイムトラベルが出来るなら
やっぱり私は
厳しかったけれど、いつも身ぎれいにしていた頃の母に会いたいと思う。


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ここからは、つまらない思い出がたりをお聞かせしてしまうが、
それは年のせい・・・・じゃなく
季節のせいということにして、お許しを願いたい。

前回の記事で、「バック・トゥ・ザ・フューチャーPART2」の話をした。
物語の時代設定の1985年は長男が生まれた年。

あの頃の私は、殆ど一日FMラジオを聞いていたものだった。
夢と時間だけは沢山、お金や物はなかったけれど
いつかは・・・・と願いながら子育てに追われてここまできた。

結婚して、友人も親戚もいない名古屋に来たからといっても
好奇心旺盛だった私は、寂しさよりも物珍しさの方が勝っていて
2・3件スーパーマーケットをはしごしてみたり
あてもなく、ウロウロと近所を散策してみたり
当時趣味だったパッチワークの作品を見たご近所の奥さんに請われて
何人か集めて教えてみたり
急に思いたって一人で箪笥を異動させて部屋の模様替えを試み
これは何事か!と帰宅したツレをビックリさせてみたり・・・・・・。
まあ・それなりに生活を楽しもうとしていた。
でも子供が生まれ、平日は家の中にだけ居て
赤ん坊の世話に明け暮れる生活が始まると
どこか取り残されたような、不安と焦燥に囚われるようになった。

そんなときのマイベストフレンドはラジオだった。




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こんな風に肉じゃがを作っていても、掃除をしていても
FM放送をかけっぱなしにしていた。
そもそも昔も今もラジオは好きだったけれど
あの頃の私にとってのそれは特別な存在だった気がする。


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昨日も、カーラジオから素敵な曲が流れていた。
それは25周年を迎えた「Sing Like Talking」の
久し振りの新曲「Longing ~雨のRegret~」だった。
彼らしい、甘く切なくそしてなんともノスタルジーを感じさせる曲だ。

思い返せばその昔、「Sing Like Talking」のボーカル佐藤竹善氏と
当時FM東京のアナウンサーだった松本ともこさんの日曜の番組を
私はものすごく熱心に聞いていたのだった。
その二人の関係まであれこれ詮索したのは、たぶん私だけではないはずだ。
それくらい彼ら二人のやり取りが絶妙で、とてもおもしろかったからだが、
調べたら、それは「NISSAN HIT POP JAPAN」という番組で、
1994年から1999年まで放送されていたようだ。



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週末3日間、ツレは不在。
ちょっと贅沢なお一人さまランチ。
これをずっと食べ続けて過ごした私。


もうひとつタイムマシンと言えばこの人だ。





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私が大学に入りたてのころ、むさぼり読んだ、広瀬正。
「マイナス・ゼロ」で一躍SF文芸界に躍り出て、
何度か直木賞候補となりながら、不遇の死を遂げたSF作家。

ミステリーは好きだったので、アガサ・クリスティや
カトリーヌ・アルレー、横溝正史なども殆ど読んでいたし
星新一も大好きだった。
そんな流れの中で私は「マイナス・ゼロ」と出会った。

星新一とも少し違う、小松左京でもない着想とストーリーの面白さ・・・・。
彼の死後に作品に出合った私だったけれど、ここから筒井康隆に嵌っていく。


それにしてもあるはずの「マイナス・ゼロ」の単行本が
どうしても見つからない。

不思議である。






























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by marucox0326 | 2015-10-20 09:00 | 話の小部屋 | Comments(8)

出掛けるときは、キチンとさん。

雨音で目覚めるメランコリーな朝。
気温は上がらず、半袖では肌寒い。
でも今日は予定をさっさとこなして
行きたい場所があった。

ああだけど・・・・・・・・。
大して動いてもいないのに
いつのまにか、じっとりと綿シャツを湿らせるのは
慌てたり焦ったりする気持ちに動作が連動するせいだ。
落ち着いて事を運べばいいものを、
片づけの要領を少し間違えたせいで
一からやり直し、気が付けば汗だくになっている。
上手くはない時間の使い方も災いして、
結局、あれよというまに夕方になり
出掛けたい気持ちも覚めてしまった。

今日もそんな日だった。
つまりままあることなのだ。


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私は、買い物、映画、美術館などには一人で行きたい派だ。

ぷらっと街まで出かけよう。明日?明後日?うん週末までにはきっと。
あの店に行きたいし、ついでにあそこにも・・・・なんて
そんな確たる目的のない、『とにもかくにもお出掛けした~い症候群』は
いつも突如として沸き起こる。

しばし浮かれた気分は続き、アレを済ませたらコレを片づけたら
なぁんて思っているうちに、これまた突如としてどうでもよくなる。
まいっか、今度にしよ・・・・・。
それはまるで、勢いよく膨らませた風船が時間の経過とともにしぼむがごとく
上昇し続けた寒暖計の針が振り切れてイカれるがごとく・・・・・・。

だから
熱のあるうちに、あれもこれもほっぽいて
とっとと出掛ける準備にかかるべきなのだ。

でも

決してきらびやかな家具や調度品があるわけでもない我が家に
もし留守中に泥棒が入ったとして
部屋という部屋がきちんと
余りにもきちんと整頓されていたなら
その野郎がお縄になった時、
『それはそれは美しく整えられておりました』
と供述調書に書かれる方が
『パンツ落ちてました』
などと書かれるよりいいではないか。






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てなことをふと
思ったりするわけである。
   






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by marucox0326 | 2015-06-27 00:48 | 話の小部屋 | Comments(10)

照る日もあれば曇る日も・・・。そんな日々の戯言です。


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