2017年 04月 15日 ( 1 )

春告鳥

道路の両脇に植えられた桜の
花びらが風に舞っている。
視野の端に飛び込んでくるそんな風景の中
車のハンドルを握り直しアクセルを踏む。

ここからは、母の要る老人ホームまで片側一車線の一本道。
平日なら時間帯によっては15分で着く。

今のところ、毎日老人ホームに母を訪ねている私。



f0250403_22383491.jpg


そろそろ入居後ひと月になるホームでの暮らし。

さらに幼女のようになった母は、
最初の2・3日こそ不安げな表情を見せていたが
暖かく優しいスタッフの皆さんのおかげで
なんとかここが自分の居場所であることを受け入れ
時折笑顔を見せるようになった。

母が介護サービスを受けるようになったこの4年半
介護現場で働く人たち
すなわちヘルパーさん始め介護事業所の職員さんや
ケアマネージャーさん達などには、
母の世話だけでなく時には愚痴を聞いてもらったり
母とのあれこれを話すことで、私自身も精神的に随分助けられてきた。
そして彼ら彼女らを見ていると、仕事ぶりもさることながら
その人柄の素晴らしさに感心することが少なくない。

報道などでは
よく過酷で低賃金な仕事であることばかりが強調されるけれど
私が出会った人たちの中にはお年寄りが好きだからとか
弱い立場の人たちの役に立ちたいなど、志して働く人や
この仕事を天職と思い会社員から転身した人もいらっしゃった。




f0250403_22385649.jpg


「お金なんて沢山もらっちゃいけないと思うんです」
「高齢者は生きるために努力が必要なんです」
そんな言葉に心が動かされた。
そのヘルパーさんとは本当に沢山の思い出がある。

仕事とは生活のため、対価を得るためだけのものではない。
そして立身出世や給料の多寡だけで選ぶだけのものでもない。
そんなことを改めて思い知らされた。

母のことがなければ知ることはなかったかもしれない事柄は数えきれない。



f0250403_22413286.jpg


今は実母と義母
二人の母がそれぞれホームでお世話になっている。

いつも感謝の気持ちや「ありがとう」の言葉を忘れないよう
心掛けている私だが、一方でこの4年半の間に出会った
上記に挙げた介護している側の人たちからも
思いがけない場面で「ありがとうございます」の言葉を聞いてきた。

例えば更衣介助の際、
被介助者の腕を上げさせたり足を上げさせて
袖を通したりズボンを履かせるのは想像以上に重労働だ。
老人とはいえ大人の体、それも脱力した状態では
そんなことさえ結構な力仕事なのだ。
にもかかわらず彼らは被介助者である母に
「ありがとね」とか「ありがとうございます」と声掛けしてくださる。
下の世話や食事や入浴の介助、どんな時も相手に「~してください」と声掛けし
できないと根気よく促し、できると「ありがとう」の言葉を忘れない。
そうすることで信頼関係を築き、頑なな老人の心を溶かしていくのだった。




f0250403_22391806.jpg


ホームに着き、リビングに行くと
大概は車椅子に乗った母の背中をリビングに見つけるのだが
その日はいなかったので、部屋に向かった。
ベッドに寝ていた母はしっかりと目を開けていたので声をかけると
彼女は寝たままはっきりとこう言った。

「今日なあ、あそこに(窓の外を指さして)キレイな鳥が止まってたわ。鶯やろうか」

ここは3階である。
部屋の掃き出しの窓には、狭いながらベランダがあり桟もあるけれど
階下は道路を挟んでその前は建物と駐車場だ。
しかも木など生えていない。
こんなところにスズメすら来るわけがない。
でも・・・・・・今が春だということはわかっているのだと思った。

「桜キレイやったもんなあ」
数日前、近所まで車でお花見に連れて行ったからだろうか。

「桜?・・・・そうやったかいなあ」


その日もやっぱりどんよりとした空模様ではあったが
春の一日は穏やかに過ぎ、ゆっくりと暮れようとしていた。












[PR]
by marucox0326 | 2017-04-15 22:55 | 話の小部屋 | Comments(6)

照る日もあれば曇る日も・・・。そんな日々の戯言です。


by marucox
プロフィールを見る
画像一覧