春告鳥

道路の両脇に植えられた桜の
花びらが風に舞っている。
視野の端に飛び込んでくるそんな風景の中
車のハンドルを握り直しアクセルを踏む。

ここからは、母の要る老人ホームまで片側一車線の一本道。
平日なら時間帯によっては15分で着く。

今のところ、毎日老人ホームに母を訪ねている私。



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そろそろ入居後ひと月になるホームでの暮らし。

さらに幼女のようになった母は、
最初の2・3日こそ不安げな表情を見せていたが
暖かく優しいスタッフの皆さんのおかげで
なんとかここが自分の居場所であることを受け入れ
時折笑顔を見せるようになった。

母が介護サービスを受けるようになったこの4年半
介護現場で働く人たち
すなわちヘルパーさん始め介護事業所の職員さんや
ケアマネージャーさん達などには、
母の世話だけでなく時には愚痴を聞いてもらったり
母とのあれこれを話すことで、私自身も精神的に随分助けられてきた。
そして彼ら彼女らを見ていると、仕事ぶりもさることながら
その人柄の素晴らしさに感心することが少なくない。

報道などでは
よく過酷で低賃金な仕事であることばかりが強調されるけれど
私が出会った人たちの中にはお年寄りが好きだからとか
弱い立場の人たちの役に立ちたいなど、志して働く人や
この仕事を天職と思い会社員から転身した人もいらっしゃった。




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「お金なんて沢山もらっちゃいけないと思うんです」
「高齢者は生きるために努力が必要なんです」
そんな言葉に心が動かされた。
そのヘルパーさんとは本当に沢山の思い出がある。

仕事とは生活のため、対価を得るためだけのものではない。
そして立身出世や給料の多寡だけで選ぶだけのものでもない。
そんなことを改めて思い知らされた。

母のことがなければ知ることはなかったかもしれない事柄は数えきれない。



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今は実母と義母
二人の母がそれぞれホームでお世話になっている。

いつも感謝の気持ちや「ありがとう」の言葉を忘れないよう
心掛けている私だが、一方でこの4年半の間に出会った
上記に挙げた介護している側の人たちからも
思いがけない場面で「ありがとうございます」の言葉を聞いてきた。

例えば更衣介助の際、
被介助者の腕を上げさせたり足を上げさせて
袖を通したりズボンを履かせるのは想像以上に重労働だ。
老人とはいえ大人の体、それも脱力した状態では
そんなことさえ結構な力仕事なのだ。
にもかかわらず彼らは被介助者である母に
「ありがとね」とか「ありがとうございます」と声掛けしてくださる。
下の世話や食事や入浴の介助、どんな時も相手に「~してください」と声掛けし
できないと根気よく促し、できると「ありがとう」の言葉を忘れない。
そうすることで信頼関係を築き、頑なな老人の心を溶かしていくのだった。




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ホームに着き、リビングに行くと
大概は車椅子に乗った母の背中をリビングに見つけるのだが
その日はいなかったので、部屋に向かった。
ベッドに寝ていた母はしっかりと目を開けていたので声をかけると
彼女は寝たままはっきりとこう言った。

「今日なあ、あそこに(窓の外を指さして)キレイな鳥が止まってたわ。鶯やろうか」

ここは3階である。
部屋の掃き出しの窓には、狭いながらベランダがあり桟もあるけれど
階下は道路を挟んでその前は建物と駐車場だ。
しかも木など生えていない。
こんなところにスズメすら来るわけがない。
でも・・・・・・今が春だということはわかっているのだと思った。

「桜キレイやったもんなあ」
数日前、近所まで車でお花見に連れて行ったからだろうか。

「桜?・・・・そうやったかいなあ」


その日もやっぱりどんよりとした空模様ではあったが
春の一日は穏やかに過ぎ、ゆっくりと暮れようとしていた。












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Commented by katananke05 at 2017-04-17 09:52 x
こんなに 老後の事が多く取り上げられるようになったのは
寿命がのびて 老人が多く生き残っている、、からでしょうか、、
昔は 3世代同居がふつうだったから 問題は 家族のみが
背負う事で 解決?していたからでしょうか、、
年をとることが つらくて迷惑をかけること、、と 負の面ばかりを
老人が感じる、、まわりの 家族も感じるとしたら 日本の 生き方の ありようは
どこか 違う、、と 思ってしまう〜
でも 現実ですね〜

運良く 手厚い介護をしてくれる施設に あたったときは入居者は
幸せ〜という ことでなく
働く人の 環境も 見合う条件で 気持ちも ゆったりと お仕事出来るという働く人の 立場も 国が力をいれて 整備してほしいですね〜
Commented by tad64 at 2017-04-17 10:06
実のお母様と義理のお母様のお二人を介護施設にお預けになられて大変でしょうね。
でもホームのヘルパーさん達が良い方々の様で本当に良かったですね。
私は76才・家内が73才でまだ元気でおりますが、いつかはお世話にならなくちゃと二人で話しております。
これから先どのように成るのか予想が付かないので、何とか成るしかない!と言い聞かせて今は特に何も考えていないですが、果たしてそれで良いのでしょうかね?
Commented by marucox0326 at 2017-04-17 10:45
> katananke05さん
こんにちわ。
>老後のことが大きく取り上げられるようになった。
そうですね。やはり寿命が延びたことと、メディアの発達によって
広く知られるようになったことが大きいと思います。
昔も痴呆症はあったと思いますが、一人で抱えて悩み、
苦労した家庭が多かっただろうし、今よりもずっと悲惨な状態に置かれて
世間から隠すようにされた高齢者もいたのかもしれません。
でも今は介護保険がありますし、特養や老健、優良老人ホームばかりでなく
自宅介護を助ける公共サービスに力を入れている自治体もあり、
選択肢は広がっています。もちろんそれに伴う問題も多々聞かれますが。

でも自分の身に降りかからないと中々真剣には考えられないものですよね。

我々世代はまだ判断能力のあるうちに具体的な終焉までの在り方を
ちゃんと考えなければと思います。
私より若いのにエンディングノートを付け始めたという知人もいるんですよ~。
Commented by marucox0326 at 2017-04-17 10:56
> tad64さん

こんにちわ。
ありがとうございます。
将来のことは誰にもわからないし、その時にならなければ
具体的な行動は中々起こせないですよね。
私は実母だけでなく祖母もおばたちも痴呆症になってるので
そうなる可能性大なんですョ。
だからせめてお葬式の事とかお金や家の事など
早めに子供たちに言っておかなければなあとは思っていますが・・・。
Commented by nobikunJ at 2017-04-23 21:31
介護現場で働く方々には頭が下がります。
結局世の中って、政治家なんかが動かしているのではなく、いろいろな試行錯誤を繰り返しながら、自分の仕事に忠実に、真剣に取り組んでいらっしゃる方々の貢献によってなりたっているんだなあとつくづく思います。
そういう方々をとても尊敬してしまいます。

高齢の両親を持つ私も他人ごとではないなと思いながら拝読しております。
お母様との穏やかな日々、どうぞ大切になさってください。
Commented by marucox0326 at 2017-04-24 09:33
> nobikunJさん
こんにちわ。

そうですね。確かに介護していただく方々には尊敬の思いは
ありましたが、理屈抜きで優しさに触れることも多かったです。

でもまあそれぞれの役目というものがあると思いますので、
それぞれの立場で社会をよくしようと頑張っていただいている
と思いますし、生活の豊かさや生きがいを金銭やモノに求めることに
否定的なわけではありません。
私自身、清貧な暮らしに徹しているわけでもありません。
でもそうでない人たちもいることを、現実として知る機会を持ったことは
私のような人間には老後を含め先の事を考えるきっかけになったことも確かです。

私は実母が呆けるとは全く思っていませんでした。
一人暮らしとはいえポジティブで社交的で間違いのない
いつまでも私には頭の上がらない人だったのです。
人の一生は最後までわかりません。
でもだからこそ今を精一杯生きたいと思います。

お心遣いありがとうございます。
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by marucox0326 | 2017-04-15 22:55 | 話の小部屋 | Comments(6)

照る日もあれば曇る日も・・・。そんな日々の戯言です。


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